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A Rabbit Runs, Hops and Stretches兎は走る [youtube]

DSCN3219.JPG 今日は、久々に動画作成。昨晩夜書いた短い音楽を背景に、以前に作成したフェナキストスコープの兎の絵を使って、動画にしてみる。短時間で作っているので、ぎこちない画像のまま。このところ文章を書き、絵は少しだけ、音楽全くは書いていなかったので、少し反動がきた。急いで仕上げる。
 文章の方は、もう少し続くので、動画や音楽はどうなるのだろう、と自分でも思う。


 https://www.youtube.com/watch?v=U-7pG27s9ns&feature=youtu.be


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劇団木馬座の思い出 補遺 『ピノッキオ』アルレッキーノ [劇団木馬座の思い出]

 arlecchino.jpg演出・振り付け小森先生の息子さんsamohanさんから頂いたDVDから、別の場面を紹介。入社して程なくして北海道・東北へ秋の旅公演に行ったのだったが、戻ってきてから直に冬の公演の準備が始まった。元制作助手だったMKさんが、『ピノッキオ』に出てくる人形劇の人形を全面的に作りなおすので、その絵を私に描いてみるように言った。私は人形と言ってもどのようなものを描けばよいか分からず、挿絵のようなものを描いた。藁半紙に赤と黒のボールペンで描いた。俳優座の養成所を出ていたMKさんは、それを見ると「あぁ、君は絵が描けるんだねぇ。」と言って感心していた。大学が文学部だったので、美大出身でもない私に絵の能力を期待していなかったのだろう。入社試験の時には、デッサンの提出も求められなかったし、そのような能力については一切質問されなかった。やはり、美術的技能は全く期待されていなかったのだろうと今になってみれば思う。むしろ、自分の観劇の思い出を文章にするという課題があったが、私は中学校一年生の時に劇団青年座によるシェークスピア『十二夜』を見た時の感動した経験をなんのためらいもなく、その感動を共有できなかった同級生達への皮肉も軽く入れて、すらすら書いた。その文章力、演劇に対する情熱が評価されたのかもしれなかった。
 結局、人形を作る時、私だけが左のような踊ることのできない人形を作ってしまった。
 とろこが、今回DVDを見ていて、作った当時の大きさ、動きは小森先生による演出、振り付けの大幅な変更によりすっかり変わっていることが分かった。  私が作ったものは、振り付けの牧?先生が、怒りながらも困っているらしいことを又聞きに聞いた。5体の人形で、一体だけが振付を付けられないのがいる!他の人形が踊っているのに、舞台をうろついている。何とかして欲しい。しかし、時間がない。作り直せない。そのような内容だった。結果的には、このままの動きになり、子供達の反応はよかったと聞いているのだが。人形の中に、何か異物のようなものがいて、目を引かれる、そんな話だった。
 アルレッキーノ.jpgそれが、ビデオを撮るに当って、5体から4体に数が減らされている。Oさんの作ったゲンコーノ、HTさんの作ったマルマチーノ、ODさんの作ったオチャコーノ、そして私の作ったアルレッキーノ。しかも、アルレッキーノがキャスターつき台に乗らずに自分の足で立っている!?最も背の低かったアルレッキーノが巨人のような大きさになっている。それが驚きだった。自分の足で立っているにしても、大きな頭の付いた棒を両手で持っていなければならないので、振り付けは相変わず難しいことには変わりなかったと思う。

※samohanさんからDVDを頂かなければ、自分の記憶の中だけの印象と、実際の人形とがどれくらい異なっているか比べることができなかったので、本当に嬉しく、有難く思っています。
 第二部に出てくるはずの、ブラックライトシアターでの孔雀が見られれば、と思ったりもしています。
ローラ.jpg
 P.S.(3/12日曜日)
何と、嬉しいことにsamohanさんが、DVDの映像をもっと鮮明に写真で撮って送ってくださったので、早速画像を交換。
 更に、ゼペット爺さんの仕事場の壁に掛けてある操り人形、ローラもこんなにはっきりと撮って頂きました。髪の毛の材料は麻。頭は発泡スチロールをカッターで削り、木工やすり、紙やすりなどで仕上げ、その上に木綿の布を貼り、着色。身長は60センチ以上ありました。ゼペットが後ろを向くと、人形達が踊りだすという演出でした。
samohanさん、有難うございました。


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劇団木馬座の思い出 補遺 [劇団木馬座の思い出]

 演出家の小森先生の息子さん、samohanさんに劇団木馬座が制作したビデオ、それをDVDにしたものを頂いたのだったが、その一部を写真としてご紹介したい。残念ながら静止画像にできないので、綺麗に撮影できなかったけれども。
mokubaza-pinocchio DSCN3197.JPG 入社した年の冬公演の上演作品は『ねむり姫』『シンデレラ』『ピノッキオ』に決まった。『ピノッキオ』については全て過去に上演したものが残っていたが、お面の一部、小道具の一部の制作、動物たちの大サーカスの出し物の全面的な作り直しが決まった。ピノッキオの仮面は私がほぼ土台を作り、最終的な仕上げをO氏が行った。ゼペット爺さんの仮面はO氏が制作したのだったが、制作者本人によく似ていると言われた。「Oちゃん、何、自分の顔作ってんの。」と制作室の先輩に言われていた。Oさんはピノッキオの頭髪を荒縄で作った。初演の時も頭髪は荒縄であったが、ずっと細い、高級な素材だった。同様の物が手配できなかったので、このような髪型になっている。写真で見る分にはよいが、動いている時にはもう少ししなやかな方がよかったかもしれない。
 嘘をつくと鼻が伸びる場面では、何か新しい工夫はないかと言われたが、素材その他の知識が不十分で、結局過去のものをそのまま使うことになった。バッテリーで動く自動車用アンテナのモーターを使ったので、面は結構重量があり、バッテリーを大道具の裏に置いてコードを繋いだりしたので、この場面のみの吹き替え用仮面ではあったが、演技に苦労していた。
 ちなみに、私が代案として考えたのは空気を送り込んで、鼻を伸ばす方法だった。が、よい素材が思いつかなかったので、頭の中だけの案になってしまった。
 今ならどうするか。恐らく、伸びる部分の鼻を軽い紙やビニールの筒にして、役者が息を吹き込んで鼻を伸ばす方式にするだろう。引っ込むのは最初から鼻の先頭にゴム紐を取り付けておいて動力にする。吹き込んだ空気が逆流しないように、弁が必要になるのと、そのラチェットのように一方向にのみ作動する弁の開放方法もなかなかむつかしい。それは紐か何かで、手で操作ができる。弁についた紐をゆっくりと引いて空気を徐々に開放すると、鼻が自然に元に戻るだろう・・・などと想像するのは、やはり今でも楽しい。
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劇団木馬座の思い出 補遺 [劇団木馬座の思い出]

 「劇団木馬座の思い出」は小説のようなものにしてみようと考えている。構想を練るのが楽しい。既に書き上げた文章は、約百ページほどあるが、更に追加しなければよく分からないと思われる部分もあるので、20行×40字で、百五十ページ以上になるかもしれない。時々、呆れられるのだが、どうして読まれないかもしれない文章を書くのか。自分の為、そうしなければいられないからそうするだけ、それだけのことなのだ。
 heidi & alm DSCN3194.JPG今日は、演出家・振付師小森安雄先生の息子さんから頂いたパンフレットから、2枚の写真を紹介したい。『はくちょうのみずうみ』の時には、伯爵の面を巡って、社長に対して大いに反発した私だったが、結果的に一から作りなおしたその面も褒められたのだから悪い経験ではなかった。むしろ、衝突することによって、他者の意見を知ることによって、より高次な行動ができることになるのだ、と今は思う。左の写真に写っている白髪の老人が私が作ったアルム爺さんである。この仮面を作ったのだが、兎に角頑固で、怖くて、自分自身の世界を譲らない人物、そんな思いを込めて作った。このアルム爺さんの初代を演じたのはT君だった。一度書いたとは思うが、彼の演技は形ばかりが目立った。演出家はそれほど強く言わなかった(駄目だしをしなかった)のだが、私は本番が始まってからも、彼の怒りの演技には表面的な演技しか感じられない、と執拗に舞台が終わると注文をつけた。何しろ台詞を読んだ声優の方々が、代表のSさんに怒られながら、指導されながら必死に録音したテープなのだから、それに見合った演技でなければならない。私のしつこさに流石に彼も腹を立てて、その怒りを怒りの演技にぶつけた。それが迫真の演技になっていたので、その公演後、すぐに「とてもよかった。」と彼に言った。彼も満足そうだった。後で本を読んだり、ビデオを見て知ったことだが、黒澤明監督や内田吐夢監督なども、俳優をぎりぎりまで追い込んで迫真の演技になったところを撮ったそうで、このやり方には一理あるのだろうと思う。俳優は一時的には犠牲者になるかもしれないが、それを乗り越えれば、より高次の演技をすることができるからである。『飢餓海峡』では伴淳三郎が名演技をしていると思ったが、そこに至るまでに監督に徹底的に演技を否定されたようである。その話を知り、なるほどと思った次第である。
heidi mokubaza DSCN3193.JPG もう一枚の写真は、山羊の白鳥さんと小熊さんが下手側に写っている。この白い方を私が作製した。演出家としては、本物の山羊に近い小道具が欲しかったのだが、私たちが作ったのは、キャスターのついた台に乗せた、脚や首が可動になっている山羊の作り物だった。静止画像には耐えるが、動画としては耐えない。
 演出家の考えはとてもよく分かるが、時間的制約もあり、どうしてよいか分からなかったので、O氏に相談し、このようなものを作ってしまった。今なら、体内にモーターを入れるなりして、ペーターやハイジが彼らを放っておいても自分で動いているような山羊を作るかもしれない。
 この作品の舞台美術(大道具)は長嶋社長のお嬢さんが担当した。絵を描くのがとても早い人で、バックドロップの為の絵、小道具に使った大きな絵本(1ページ3×6尺)なども短時間のうちに完成させていた。同じ、武蔵野美術大学油絵科出身のS君も、舌を巻いていた。「俺には、あんなに短時間で描けないな・・へへへ」と。
 ※この舞台写真のハイジはYさん、ペーターはNさん。Nさんはピーターパンの役、『スサノオのぼうけん』のスサノオ役他も担当。


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嬉しいニュース:でかした、栗の里の愉快な女房殿! [日記・雑感]

Mention spéciale du Jury International


Hiromi Hakogi dans Her Mother de Sato Yoshinori (Japon)

 佐藤慶紀監督作品『Her Mother』がフランス東部の小さな町Vesoulで開催される第23回ヴズール国際アジア映画祭(Palmarès du 23ème Festival International des Cinémas d'Asie de Vesoul) に春本雄二郎監督『かぞくへ』が、コンペティション部門に招待出品されたそうである。その審査発表があり、映画は受賞は逃したものの、審査員から202000年正月に物す その1.JPG年の歴史で出したことがないと言うMention specialeを気になるあの女優に出そうと言うことになった。それがなんと、殺人犯の母親役を演じた栗の里の愉快な女房殿であった、という知らせが2月15日にフランスにいた監督から彼女のスマホにメールが届いた。なんかの間違いでしょう?と、監督に確認しながらも、後で送られてきた添付写真を見て大喜び。
 この国際映画祭の審査委員長はイランの女性監督Rakhshan Bani-Etemadと言う方だが、彼女が強く推薦した結果この賞を受賞することになったそうである。韓国での上映の際にも審査員の一人が褒めてくれたらしいので、きっと印象的な演技だったのだろうと思うけれど、まだ見ていないので何も言えない。
 まあ、どれくらい目出度いのか分からないけれど、めでたさも中位なり、おらが春、でも何でもいいのだ。目出度いものは目出度い。きっと、未来が大きく開ける、かもね、などと言って盛り上がっている。

予告編のurlは下記の通り。ビデオの後半にしょぼくれた顔をして写っています。
https://www.youtube.com/watch?v=gbIHbsobeWE

参考:
https://twitter.com/FICAVesoul


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補遺 初めての、しかし素晴らしい出会い [劇団木馬座の思い出]

 今日2月11日の土曜日は、新宿で劇団木馬座作品の多くを演出と振り付けをされていた小森安雄先生の息子さんにお会いした。私のブログに書き込みをしてくださった為に実現した出会いだった。横顔を拝見していると、やはり親子なのだなと感じる。
 駅近くの喫茶店で、二時間ほど劇団の思い出話をすることができた。音楽を担当されていた先生方(斉藤恒夫、小森昭宏、越部信義)、声優をされていた方の何人もが亡くなっていることを知る。そして、懐かしいパンフレットなどと一緒に、貴重なビデオ作品2本(ベータ版)をDVDに焼きな直したものを頂snow white mokubazaDSCN3192.JPG戴した。パンフレットは私の名前が制作助手あるいは演出助手として記載のあるものを選んで持ってこられたのことで、そのお気遣いが嬉しい。頂いたDVDニ本の内容については、改めて記事にするかもしれない。兎に角三十年以上前の作品が映像で見られるというのは、なんとも感慨深い。若かりし頃のことをあれこれと思い出す。
 劇団の長嶋武彦社長は出版業界の出身だった為だろうと思うが、木馬座から月刊誌『もりのこ』という雑誌を発行した。その月刊誌も3冊頂いたのだった。その中に私が制作した仮面や小道具の舞台写真が掲載されていたので、紹介しておきたい。
 左の写真は、『しらゆき姫と七人のこびと』の一場面。舞台背景美術を担当したのは一緒に入社したOKさんで、彼は既に別の記事でも書いておいたように『しらゆき姫と七人の小人』では、白雪姫の仮面、森の小人達の仮面を作った。この写真の右側にある大きな口を開けた顔の形をしているのは、壁の鏡で、この原画もOKさんが描いた。大道具の製作は「かにや」だったと思うが。全般的に美しい舞台背景だった。衣裳も、私が木馬座に在籍していた中では、この作品の物が最も美しかった。

※かにやは新橋演舞場にあったと思うが、一度しか行ったことがないので、曖昧である。『シンデレラ』の大道具の一部、王宮の階段の補修を依頼していたのではなかったかと思うが、その大道具を、新運転という運転手組合所属のKさんが運転する4トントラックに一緒に乗って受取りに行ったのではないかと思う。
 
 そして、私が作ったのはこの写真の中央にいる妃の面である。嫉妬に狂う場面では口が裂けたように大きくなる。これも既に以前の記事で書いているように、仮面の内側に数ワットの電球を10個ほど並べて電圧を上げて内側から口裂け女のような口の形を浮かび上がらせる仕掛け。この妃の役をしていた女優は、電圧が上り光度が増すと、仮面の中の温度が上って怖いと言っていた。その人は、今は福島で独特なパフォーマンス集団を率いている。
 鏡はハーフミラーになっていて、「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰だい?」と妃が尋ねると、鏡の裏側の照明がフェイドインし、鏡の裏側に置いてある白雪姫の顔が見えるように照らし出す仕掛けだった。
 
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ただ何となく [随想]

 気持ちだけで、全て空回り。今日の絵も、手遊びに描いていたものに、水彩で色付けをしたり、ボールペンやらで線を引いてい20170121DSCN3190.JPGたら、当初の素朴な少女が少し愁いに満ちた女性になってしまった。それで、どうやって完成させようかと迷い始め、放置。今日再び、線を少し引いてみると、明治時代頃の女性風に感じられた。そこで、『一葉青春日記』より抜粋して書き写してみる。
 絵には華やかさを加える為に、金色を使ってみる。金色は、結構好きで、たまに使いたくなる。絵の具の中にアルミの粉が混ぜ込んであるために、見る角度によって光を反射するのが、なんとも楽しくなる。黄金や真鍮の金色とは異なり、光らない方向から見れば黄土色に近く見えるかもしれない。実は、最初はこの女性の周りを蝶々が飛んでいたのだったが、雰囲気に合わないので塗りつぶしてしまったのだ。桜の花が散る、隅田川の土手の風景でもよかったかもしれない。
 絵に文字を書いてしまうことは、印象が固定されてしまうことが難点であるかもしれない。勿論、印象を固定する為には文字はとても有効だ。便器に『泉』という題名をつけて展示されてしまうと、それで一つの作品だと思わされてしまう、作品だと思わなければならないと考えてしまう。便器に過ぎなかろうが、作品だとして展示された時点で作品になっている。ピカソが自転車のサドルに角をつけて『牛』という題名をつけてオブジェを作ったが、あれは誰が見ても牛の頭である。牛の絵を描いて『牛』とするのも、いかにも芸が無い感じがする。不条理漫画を描く吉田戦車の作品に、水泳プールの壁に「プール」と文字を描き続ける少年の絵があるが、プールにプールという文字を書く無意味さが面白い。
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蒲鉾板作品 その1 [随想]

 今年は、久々に年賀状用に蒲鉾の板を利用して木版画。このブログに書き込みをしてくれているKannaさんが年賀状をゴム版版画で作成する予定だという記事をみていて、やってみたいなと漠然と思っていた。それを後押ししたのが野鳥ブログdoudesyoさんの昨年記事の総括版「重大3 名古屋コーチン」DSCN3189.JPGの写真。その赤茶色の鶏の愉快な写真を拝見していて、蒲鉾板で20年振り位になるけれども、小さな木版画を作ってみようという気持ちになった。あえて黒一色にしているので、少しだけ華やかさを出すためにAyoan Igokahのイニシャルの判子を押した。(この判子はシャンペンのコルク栓を使って、昨年夏に作成)送った相手は数人限定。画像にある文章は、『古今和歌集』の冒頭。筆ペンで小さな文字を書くのは難しいと感じる。もっと大きな字であれば、もう少し勢いを筆にのせることができただろうと思う。
 今年の冬休みは水曜日まで、10日以上連続の休みだった。あれこれやりたいと考えていて、少しだけ計画もしていたが、ほぼ未達成。殆ど読み終わっている本4冊を読み終えようと思っていたが、結局は休みが終わってから読み終えることに。模型飛行機(ライトプレーン)を作ってしまおうと思ったが、机の上に一回置いて設計図と部品を確認するだけで終わった。動画や人形劇に使える小さな劇場(ボール紙)を作ることにしていたが、こちらも箱だけ確保して中断。
 一方、B5判と小さいながらも絵は毎日1枚以上は描いていた。これは当初全く予定していなかった。中断していた河童の看板にも取り掛かったが、再び保留に。『風神雷神図』は鉛筆の下絵を終え、それぞれの神に一回目の彩色をする。何度も塗って、深みを出したい、だからこちらも保留になっている。玄関扉を交換したので、それに合わせて、郵便受けに油性ニスを塗ったり、バッタの看板を壁に打ちつけたりした。私という馬は、なかなか川辺に行っても水を飲まないで、道草を食べてばかりいるのである。


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弦楽四重奏曲(Etude)より第二楽章 [youtube]

 本日1月2日、Enrique様のブログを拝見したところ、ヴィヴァルディ『四季』の冬の第二楽章が公開されていた。少し早めのテンポで録音されているが、ピツィカートは雨の描写だという解説があった。我が家にもイタリア語の書いてある楽譜があるが、意味を調べてみることはなく、高校時代より、この曲からは雪が深々と降る温かい室内で暖炉の前で寛いでいる様子を勝手に想像していた。ピツィカートの部分は、暖炉ではじける枝の音、或いは湯気を出しているポット。第一楽章のトレモロが好きで、『四季』のなかでは一番好きだった。この第二楽章も旋律が美しく大好きだった。もちろん今でも好きで、バイオリンを練習する時にも、いかにしてビブラートを美しく出せるか、ポルタメントが艶っぽく出せるか意識している。
 Enrique様のこの演奏を聴いていて、学生時代に書いていた弦楽四重奏曲の習作の第二楽章を思い出し、このところ作曲からは遠ざかっていたので、これを機会にとりあえず完成させておこうと考えた。縦笛しかない時に作っていたので、最初は縦笛を使って書いていた。
 この曲弦楽四重奏曲習作第二楽章は、ヴィヴァルディの『四季』の冬、第二楽章に大いに影響を受けているので、演奏する時は温かい部屋、暖炉、何気ない楽しい会話などを思い浮かべて欲しいと思っている。挿絵は、本日零時頃に描いておいた絵で、セロ弾きのゴーシュ風であるが、物語には出てこない場面や動物も一緒に描き込んである。
https://www.youtube.com/watch?v=S9qeCsrCCeE&feature=youtu.be
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風神雷神図 下絵 [絵画]

DSCN3171.JPG 『風神雷神図』の鉛筆による下描きは終わった。これからはどのような色で塗ってゆくか、顔の表情はどのようにするかを考えなければならない。そもそも何故風神や雷神を描きたいと思うのか。それは自分でも疑問に思っていることである。なりゆきといえばそれまでなのだが、なぜか描きたくなったので、気の済むように描くしかない。左の絵は、雷神の頭部である。日本風土記だったと思うが栖軽という人物が雷を二度捉えた、という話を中学校の国語の教科書で読んだ記憶がある。雷の姿は鬼である。羅生門の鬼とか、鬼は怖い存在であり、また非人間的な存在として私が微かな憧れも持った存在である。西洋の妖精や魔女も同様の存在かもしれない。雷様は藤原道真であるとも言われているようであるが、怖いが一目置かれる存在でもある。そういう存在は、不可欠ではないかと思う。何でも自分の持っている知識の範囲内で説明がついてしまうという存在など、深みがなく永遠に追い求めるかちもない。自分自身では説明ができず、説明を聞いても理解できないからこそ面白いのではないか、と思う。
 子供の頃は鬼は本当に怖い存在だった。夢で魘される時は、何度も鬼が出て来た。東京タワーをまたいで歩いている夢も見たが、狭い堂々巡りをするような道、双六のような道を鬼に追われて逃げている夢を何度も見て、夜中に目がさめたものだ。あの時の鬼はこのような類の鬼だったに違いない。非人間的で、情け容赦なく、人を食ってしまう。理由無く喰われてしまうことの恐怖。自分がいい子でいれば助かるのではなく、単純に鬼が自分を見ると食われてしまうという恐怖である。非合理的な死である。鬼は別段人間を食べなければならないという必然性はない。しかし、そこにいるから追いかけて喰ってしまう。ああ、なんだか、平和に暮らしたいと思っているのに、一方的に悪者にされて攻撃されている人々(特にアフガニスタン人、イラク人、イラン人。イスラム文化、サラセン文化は私を魅了して已まない。)を思い出さずにはいれない。
DSCN3170.JPG  こちらの緑色の鬼は風塵である。宗達の絵を見ていて、その鬼の耳が驢馬か馬の物のように見えたので、早速採用。牛頭馬頭という獄卒の印象があるのか。彼らの耳を鬼も持っているのだろうか。人間のようでありながら非人間的な部位を持っていることの無気味さ。
 因みに、ここに挙げた下描きは『風神雷神図』にはそのままでは登場しない。猪首であること、怒り肩であること、筋骨隆々としていること、それが今回の『風神雷神図』で特に注意したことである。
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 三日前にやっと河童のレリーフを再開した。どの部分が自分の創作意欲を損なっていたかがわかったのはよかった。それは紙粘土で作っていたため、下半身の部分が大きすぎたことだった。そのため美しさが感じられず中断を余儀なくされたのだった。今回は、彫刻刀でその不要な部分をどんどん削った。そうしたら、河童の本体が待ちわびたように本来の姿を現した。これでよいのだ。しかし、再び何かが私に中断を命じた。自分の目指しているものとどこかが異なる。また中断してしまった。こんなことがたまにあるのだ。
 『私のナジャ』と言う散文詩、半分体験記のような作品があるが、この作品を一日でも早く完成させたい、そう思っている。既に一度完成させた作品のより完成度の高い作品になるだろう。机の上にはアンドレ・ブルトンの『ナジャ』『溶ける魚』ゴーチエ『死霊の恋・ポンペイ夜話』『ロートレアモン詩集』などが平積みになっている。こうやって私に睨みを利かせているのだ。


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