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舞台製作 [日記・雑感]

20171229friday撮影DSCN3757.JPG 今日は、舞台の破風を作る。この破風は段ボールを二枚貼り合せて、赤い水彩絵具を塗っている。縁は黒、その上に金色の水彩絵具で点を描いている。完成はしていない。
 一応舞台らしく、バトンならぬ紐を張り渡して、そこに立ち木の大道具を吊ってみる。これで、大分奥行きが出てきているはずではあるが、写真ではそれが思うように表現できていないかもしれない。左右の袖は見切れてしまうので、袖幕のようなものを用意しなければならないのだが、今日のところは急場しのぎで赤い包装紙を上手側に張付けボロ隠しをした。
 背景のアンリ・ルソー『夢』風の絵は、コンビニのコピーでA3判を拡大しA2判に近づける。A3判2枚を貼り合わせるので、どうしてもA2判よりは小さくなってしまう。それでも大きくすると、大分迫力が出てくる。
 切り紙人形は胸像のように胸から上しか作っていないので、実際に撮影する時にどうするか、もっと別の大道具が必要になるのではないか、とも思う。

 今日はプリンターのカラーインクが切れていたので、苦労しながら補充を終える。試しにアンネの絵を出力してみるが、青と黄色が出ない。ヘッドの掃除を何回か繰り返しているうちに、まともな色が出るようになったものの、原画とは大いに異なる色になってしまった。8枚目にようやく見られる色になった。折角印刷したので、この八枚は、"Elizabeth?"に使うかもしれない。その積りはなかったのではあったが。同じ絵を連続して並べるとそれなりの面白さがでる。版画を何枚も刷っていると、それぞれに味わいがあり、全く同じ物を刷ることができないので、それが別の価値を付与してくれると思うのだが、それと同じことだろう。

 ところで、昨日、12月28日木曜日には、新宿のヨドバシカメラへ行って、パソコンを購入する。注文後組み立てて発送するので、納品は早くとも2月上旬になるだろうとのこと。それも仕方ないと諦める。映像編集ソフトVEGAS MOVIE STUDIO 14も購入するが、PCがないので使用できない。つまり、その前にそれなりの物を用意しておくようにと、天が私に命じていると考えればよいのだろう。

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舞台作り [日記・雑感]

 20171225撮影DSCN3755.JPG映像準備のための舞台づくり。今日12月25日月曜日は、昨日休日出勤の振り替えで休みなので、先週から舞台作りか背景描きかどちらかをやろうと決めていた。
 舞台と言っても枠があるだけで、照明もついていなければ背景(バックドロップ)を吊る為のバトンもついていない。余りに簡単に作ってしまったので、今日は補強の筋交いを取り付け、更に舞台らしく袖幕を作ってみた。緞帳はまた後の楽しみとして取っておこう。緞帳については、いくつかの種類を作って、作る映像作品に合わせて変えることもよいのではないかと思う。
 この赤い袖幕は、伊勢丹で購入した何かを包んだ包装紙である。白熱電球を当てると、なかなか好く映える。袖幕を留めている金色の紐は、これも少し高級なお菓子か何かを家内がもらった時に使われていた包装用の金ラメの紐である。これも、なかなか照明映えする。
 こうやって使ってみると、箱やら包装紙やら紐やらリボンやら、本当に捨てられなくなりそうである。実際に、殆どの包装紙は、本のカバーや楽譜の表紙にしたりして、無駄に捨てられることはない。
 ところで、先週買ってきた『「話の話」の話』クレア・キッソン著のロシアのアニメーター ユーリー・ノルシュテインの作品作りが、自分が今考えている物によく似ているので、この本を手に取り驚き、嬉しくなった。先駆者がいたからということではなく、人間は所詮同じようなことを考える物なのだと思ったからである。これも何かの巡りあわせなのだろうと思う。まだ、全く未着手なのに、なぜが完成予想図が似ているような気がするのである。尤も、『話の話』は多分に幻想的でロマンティックであり、私の作品はきっとシュルレアリスム風になるだろうから、印象が大分異なるだろうが。
 今回舞台に並べてある切り紙人形も、登場人物になるはずだが、変更する可能性もある。
 舞台背景に描いてあるのは、広重風の浮世絵。まだ色を塗りこんでいないので、この写真では、どのような情景かはわからないが。
 舞台を見ていると、この舞台の上で、キリギリスやら猫やらの演奏会を開いてみたくなってくる。

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Ah, vous voilà, Elizabeth!制作日記 [日記・雑感]

 実際には、これは日記ではないけれども、題名としては『制作日記』になるだろう。今回作ろうとしている映像作品は、やはりビデオになるので時間が掛かる。最初に、この作品が完成するまでに3ヶ月以上掛かるだろうと宣言してしまうことにした。そうしたら、随分気持ちが楽になった。少しでもD20171209SCN3749.JPG早く完成させようと思っていたら、焦るばかりで制作がどんどん遅れる始めた。原因は簡単である。思いつきで、作りたいものを作っているので、肝心の全体的な構想が自体が迷走してしまったのだった。方向性と言うよりはこの短い物語は最初からはっきり決まっているのに。
 そこで今週は、この映像作品を仕上げる為に必要な物を列挙し、一つずつ作ってゆくことにした。作らなければならないもので筆頭に来るのは、舞台である。場面をしっかりと設置できる舞台がなければ背景、バックドロップも吊れないし、大道具の設置もできない。
 最初は安易に考えていて、段ボールで作ればよいと思っていた。ところが、段ボールは強度が全く不足していて、背景や大道具の設置や小道具を置くこともできないことがわかった。分かったというのは、実際に作ってみて、実にへな猪口な仕上がりになってしまい、早速お蔵入りにしてしまったのだった。補強のためにベニヤ板を打ち付ければよいと思っていたが、そんなことをするなら木材でしっかりと作ったほうが結局は応用が効くだろうと考えなおす。しかし、木材で作るとなると平日には作れないので、結局土日になるのである。何故、日曜大工というかがよく分かる。一定の纏まった時間と労力を必要とするので、平日には大工はできないのである。
 DSCN3750.JPG本日12月9日の土曜日は、当初床屋へ行く予定だったが、17:30からでないと予約が一杯だということなので、行くのを明日に変更し、大工仕事をすることにした。
 先ずは、設計図を描く。細い木材の小割が何本必要か、それをどのように加工する必要があるか。これを描いておかないと、効率よい仕事ができない。通勤途中に手帳に描いておいたものを思い出しながら、改めて一から設計図を描く。設計図と言っても直線ばかりの簡単なものだ。間口は60センチ、奥行き45センチ、高さ50センチだ。A2判の画用紙で背景画を描き、それを吊り込むことのできる大きさである。
 外に置いてある12尺ある小割を2本取ってくる。そして60センチ×2本、50センチ×4本、45センチ×4本を切り分ける。その後鉋を掛けるが、余り真剣にかけない。掛けられない理由は、小割の一部が節目のために撓んでいることである。材木は長時間寝かしておくと、本来生えていた時の癖が出てくる。だから購入した時にはどの材木も真直ぐだったのに、随分曲がっている木材もあるのだ。
 DSCN3753.JPG組み立てる為に、小割同士が交差する部分を削る。蝶ナットを買ってきて、分解ができるようにするのが最初の案だった。しかし、電気ドリルがないし、蝶ナットで固定して分解する必要がどの程度あるかを考えてみて、結局はそのまま釘を打ちつけて固定してしまうことにする。
 ということで、舞台枠が一応完成したので、それを使って紙人形や大道具の吊り込みをしてみる。それらを撮ったのが今日の写真である。描いた絵を一番後ろのホリゾント幕の場所に立て懸けてみる。その前にボサ(草叢)や紙人形を置いてみる。
 実際にこうやっておいてみることで、映像にする場合にはどのようになるかが分かる。何事も実際にやってみることが大切である。頭の中で創造していることとは大分異なっている。実際にやってみると想像していなかったことも起こりうるのだが、それは新たな刺激となって、別の発想に到達することもできる。
 ”Ah, vous voilà, Elizabeth”では、色々な小道具が必要になる。現実の画材店にはそのようなものは置いてないだろうし、実際そのようなものは必要ではないが、あった方が魅力的になるだろうと思われるのだ。そういう細々した小道具が沢山必要なのだ。今回、それをあれこれ作ってみることで、別の映像作品を作る際にもその経験が間違いなく活かされるだろう。

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エリザベのための習作 [絵画]

Elizabeth 2017-11 ~20171203.JPG 『そこを行くのは、エリザベ!?』の為の習作。モロさんのパリ時代の思い出の少女エリザベの顔は、私は全く知らない。モロさんは簡単に描写してくれた。しかし、現実の人ではない誰かをモデルにして絵を描かなければならない。そう思っている時に先月読み終わった『アンネの日記』のアンネ・フランクの写真を見ていたら、あぁ、自分が探していた少女はこんな風なのがいいのだと思った。それで、三枚ほど短時間で絵を描いてみる。既に映像のなかで登場しているのは、三枚目の絵である。今日習作として公開するのは一枚目に描いた絵。暫く放置しておいて、なんだかモナリザみたいな顔になったなと思っていた絵だった。それに彩色し、水性ペンで線も描き足す。

 写真にすると大分色が変わってしまう。背景は紫色のクーピーペンシルで塗ってあり、その上に水彩の黒を塗った。写真ではクーピーの紫色よりも、水彩の黒がよく捉えられている。
 今回、映像作品の準備をしながら、劇団時代の制作の仕事を思い出している。作る対象が好きになれば、一所懸命になれるものだ。劇団時代、人魚姫の顔を作る時、少しでも自分がかわいい、素敵だと思えるものに仕上げようと、何度も線を引きなおし、粘土も何度も削ったり付けたりを繰り返した。離れてみたり、近づいて見たり。ゼペット爺さんの仕事部屋の壁に吊る操り人形のローラを作った時、出来上がってゆくと、その姿が娘のようで、可愛くて胸がときめいた。サルカニ合戦のボス猿を作る時は、人を食ったような憎らしい顔でありながら、写楽の歌舞伎絵のように、眼が見得を切っているように作った。あぁ、あのボス猿の面は、長嶋武彦社長に褒めてもらった、「H君もお面を、大分作ったから、上手くなったなぁ。」と。
 今日は、『そこを行くのは、エリザベ!?』の舞台の大道具、立ち木を厚紙で作った。これはなかなか好くできたと思っているが、カメラで写したらどうなるのだろう。そして、茂みの中に隠れているライオンも、顔だけ作る。ルソーの『夢』のなかのライオンよりも、もっと間抜けな顔をしているかもしれない。
 ※今日の写真の絵は、映像には登場しない。あくまでも習作なので。

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Ah, vous voilà, Elizabeth! [youtube]

SSCN3724.JPG 『そこを行くのは、エリザベ?!』Ah, vous voilà, Elizabeth!の第二弾。音楽も絵も同じ。しかし、今回は主人公の男性の紙人形とボサ(草叢)と花の大道具を作ったので、その中に紙人形を置いてビデオ撮影してみる。この映像作品は7分くらいになると思っているが、どうなることやら。今日取ったビデオはたった1分少しで137MBになってしまったので、いよいよ新しいPCを買って作業をしなければならないことがよく分かる。Youtubeにアップロードする段階で26MBに圧縮されていたが、動画と言うのはやはりスペックが大切だ。

 それにしても、映像と言うのはちょっとした思い付きでできるものではない。そんな当たり前のことを改めて痛感する。背景用の大道具も、大きさは小さいけれどももっと沢山用意しないとボロが見切れてしまう。ビデオの中に、本やイーゼルが映りこんでしまっているのは、今はまだ実験段階なので、愛嬌で済むが、本番ではやり直しになる。

 今回実験したのは、ボサの後ろに置いた紙人形で画面にどれだけの変化、つまり静止画と異なった変化が感じられるか。大差ないのであれば静止画の方が手振れしないので画像は綺麗になる。絵コンテで描いた場面によれば、パリの地図、エコールデボザールの建物、画材店のショウウィンドウ、画材、棚等等、作らなければならないものが矢鱈に沢山ある。これはしかも前半部分。後半には別の風景が必要になる。だから、どうも直ぐには手が出せない。少しずつ着実に作ってゆくしかない。
 この作品は、紙人形、それも動かず、設置された物をカメラが移動することで、動きを感じさせるという方法をとることになりそうだ。一部実写をいれるのは、後日のことになるだろう。紙人形で作った作品が少しでも面白ければ、実写を一部いれるのもよいかもしれない。
 このように、思いつくままにだらだらと書いてしまうのは、迷っている証拠である。嗚呼!



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『そこを行くのは、エリザベ?』(『ペン画物語』より) [youtube]





今日は、計画している映像作品の練習その1。モロさんをもとにして書いた『ペン画物語』の一場面。エコール・デ・ボザールの近くにあったという画材店。そこの若い女店員に、モロさんは仄かな恋心を抱いた。その場面を、シュルレアリスト風に映像化するのが目標なのだが、肝心の編集ソフト、大容量のパソコンも未購入。照明機材、カメラ、その他もろもろの機材、道具が必要である。


この映像作品は、長さとしては10分以内の作品にしようと考えている。頭の中では絵コンテまでできているが、台詞はまだである。

SSCN3724.JPG

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吉江新二遺作展を見に行く [随想]

SSCN3685.JPG 昨日2017年10月28日の土曜日は、四谷三丁目にあるTS4312で開催中の『吉江新二遺作展』を見に行った。もっと早く行く予定をしていたが、風邪を引いたり、総選挙があったりで昨日行くことになった。
 地下鉄丸の内線の四谷三丁目駅から徒歩1分、サワノボリビルと言う細長いビルの9階。午後二時頃に到着したのだったが、入口には沢山の靴が脱いであって、右側の部屋には年輩女性が並んでずらりと坐っていた。
 伯母が入口にいて、私の顔を見ると、名前までは無理だったが、伯父の妹の息子であることは一瞬で思い出してくれた。90歳を過ぎているとはとても思われない元気さである。母は脚が悪くて、手押し車がなければ外出できないのと比べると、本当に元気だ。
 私はこの展覧会をブログで紹介したいので、写真を撮ってもよいかどうか伯母に尋ねると「あら、なんだかこういうのよく分からないわ。」と言って店主の男性に「なんだか、ブログに載せたいから写真撮りたいって言ってるけど」と繋いでくれる。「どうぞ。」と言われたので、私はどんどん撮る。しかし、三脚があるわけでもなく、十分な照明もないため、大した写真にはならなかった。兎に角、色を再現することが難しいと思った。最初に掲載している絵は、画集によれば1964年『南仏の農家』と言う作品なのだが、青の色が全く再現できていない。伯父の絵の場合、色は特に大切な要素なので、申し訳なく思うけれども、何もないよりはましと考え載せてみる。
SSCN3684.JPG 抽象絵画を多く描いてきた伯父ではあるが、やはり根本には見ている対象があり、それを線や色で遊びながら作品にしている、そういう制作方法に思われる。実際のことは聞く機会がなく分からない。二番目の絵にしても、色を塗っていたら面白い形、配色になったので、取って置いたという感じを受ける。
 作家のノートとかメモとかは創作過程が分かり興味深いと思う。伯父をもっと知りたいと思って、ファイルにある小さな水彩の下絵なども写真に撮っていたのだったが、あまり何でも撮影するのは宜しくなかったようで中止した。
 それでも、縦笛やチェロを演奏する姿の下絵が何枚かあったので、伯父が1948年に描いた『笛を吹く少年』の完成までにはいくつか案があったことが分かったのは収穫だった。
 今回の遺作展に向けてのリーフレットがあるが、そこに伯母が伯父との「つきあい」のはじまりという短文が載せられている。私は伯父同様、伯母が好きなのであるが、この文章を読んで、ますます伯母への関心が強まった。文章によると、 西荻窪駅そばの夜はバーになる珈琲店の店主が「ウチの客で誰が好き?」と尋ねられ「フルートさん!」と言った途端、熱烈に好きになってしまったと言う。なんと素敵で情熱的な女性だろう。

 伯父が当時からフルートを吹いていたことが、これで分かった。( このフルートは後日、伯父が私に貸してくれて、私がフルートを練習するきっかけになった。)伯母の父親は武士の家系、母は商家、江戸時代で言ったら士農工商の、貧乏士族と裕福な商人の結婚で、母は喜んでいたようですよ、と伯母は楽しそうに言う。伯母には姉が二人?いて、「姉たちは美人だったのよ、あたしが一番不美人なの」とも。「母は彫り深い、インド人のような顔だったの。」この不美人だという伯母でも、私の姉や母は伯母は都会的で、洗練されていて、とっても素敵な女性なのだが。伯母は私をこの場にいた都立新宿高校の卒業生(店主以外は全員女性)たちに私を紹介する時「吉江が一番可愛がっていた妹の息子さんですよ。」と、伯父と母の関係をしっかりと説明してくれた。
20171028sat撮影TS4312にてSSCN3682.JPG 母と私は、私が中学生の頃だったか、私の将来のことを相談するために新宿高校の伯父を尋ねて行ったことがある。あれは美術室だったのかどうか、イーゼルや絵具やらが置いてあったような記憶がある。
 その部屋で、伯父はフルートを取り出し、茶色く変色した楽譜を見ながら、バッハの無伴奏フルートソナタの中のサラバンドを吹いてくれた。男子学生が一人入ってきたが、そのまま吹き続け、学生は黙って演奏が終わるのを待っていた。絵を見てもらいに来たようだったが、さっと見て「デッサンがたりないね。」学生は苦笑いして帰って行った、そんな曖昧な懐かしい思い出である。
 左の水彩は、その都立高校の一室からの景色なのかもしれない。何も書かれていないのでそうぞうだけである。それでも、なぜか伯父を思い出すとき、戦後間もない頃の活気に満ちた、将来に希望をもった人々の姿が思い浮かぶのである。木下恵介監督『お嬢さん、乾杯!』に取り込まれている空気が、感じられる。
 ちなみに、伯父は横光利一『旅愁』が好きだと言っていたらしい。20世紀前半は、日本人が欧米文化に対して大いに劣等感を持っていた時代でもあるので、心理的屈折率は、現代の日本人よりも大きかっただろうと思う。

 『吉江新二遺作展』は本日10月29日(日)19:00まで。

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映像作品のための習作『ロシア風音楽にのって』 [youtube]

DSCN3636.JPG 今日は、9月4日に書いておいた曲を、この一つの旋律に絞って書き直した。ロシア風の映像用に作った曲なので、画像もロシア風に今日描いた。猫も、前回の青猫では合わないので、ルバシカを着て、コサック帽を被った猫にした。いつもは目が見得を切っているが、今日はロシア風ということで妥協。
 場面を転換する度に、これが映像作品の監督仕事なのだと改めて思う。いつも短時間のうちに、取り込んだ写真を次々に貼り付けて作り上げているが、今後はよく考えてからにするようになるだろうと思う。
 新宿には、「ばんやきぼるが」と言う居酒屋があり、入ったことはないが、その煉瓦の壁と店の外から見える店内の様子がとても魅力的だと思っている。(以前も言及したことがあるが)あの煉瓦の前で、何か一つのショットを撮りたいと思っている。他にもそんな風に感じさせる場所がある。法政大学の市ヶ谷キャンパスの食堂や生協のある地下への通路。あそこは、ロシア文学の臭いがする。他にも横浜の六角橋、大船の商店街など、ロケーションとして絵になる。自分なりのロケーションなので、こういう場面は無数にあり、個々人によって異なるだろう。

 いつになるか分からないが、モロさんのフランス時代の一場面(画材店のエリザベとの淡き恋)を、先ずは簡単な映像作品にして見たいと思っている。


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『休日(暖かい国のように)』 [youtube]

DSCN3626.JPG 友人のホーカッサン君が高校生時代に書いた旋律を元に、少し拡張して編曲した『休日(暖かい国のように)』。
 彼はこういう素直な旋律をいくつも書いた。一方、私はいつも少し捻くれた旋律だった。
 考えてみると、面白い。私はクラシック音楽が断然好きだったが、彼はポピュラー音楽も好きだった。今では私もポピュラー音楽の中にも、沢山の名曲があると思うが、当時は関心がなかった。
 左の写真は、我が家の猫君、@M君(アトム君)。気温が下がると俄然人懐こくなり可愛くなるのである。
 隣の家のMay君と喧嘩するのが趣味。May君は強くないのに、我が家にやってきてはアトム君にチョッカイをだしてはうーうー唸るので、五月蝿いったらありゃしない!時々アトム君が可愛がってやろうと近づくと、それこそ空がおっこちてくるぞ、みたいな大声を二匹で上げるので、君達いい加減にしてくれ、と仲裁にでる。どっかとどっかの国も、威嚇ごっこをしていて、世界を騒がせているが、もう、本当にいい加減にしてくれ、と叫びたいところである。
 今回使ったのは、アトム君の写真と、我が家の壁に貼ってある世界地図。


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第16回 風景を描くペン画展  [日記・雑感]

DSCN3622.JPG 今日は、夏からその開催を気にしていた風景を描くペン画展を見に、中央線国立駅前のコートギャラリー国立は行ってくる。昨年モロさんが言っていた様に、展示会場は2箇所を借りて、作品数も倍以上出されているようだった。クラスがあるので15:30以降でないと在廊しないということだったので、15:15頃の到着を目指した。乗り継ぎがよく、15:00には到着した。
 着いてからは、ゆっくりと作品を鑑賞する。
 殆どの作品が黒一色だが、何点かは水彩絵具で彩色されている。その色付けも手慣れたもので、光の調整もよく、見事な作品があった。
 奥の方の展示会場にあったA氏の作品は、他のペン画教室の受講生が盛んに感心しているくらいで、本当に細部の線まで気を緩めずに描いていることが分かり素晴らしい技術だと思った。作品が力強くなるための必要条件は、基本を丁寧に、徹底して妥協しないことかもしれないと思った。線にばらつきが少なく、あるべき線があるべき箇所に引かれている。
DSCN3624.JPG 雨上がりの国立新美術館テラスを描いた作品があったが、この方の絵は濡れた水の表現が見事だった。水の質感、濡れた床が良かった。この方は、フランスのどこかの街の交差点風景も描いていたが、展示されていた人たちの中では、唯一人間を風景としてではなく人間として描いていた。人には得意不得意があるので、人間を苦手とする人もいる。無機的なものを苦手だと思う人もいると思うが。
 水準の高い受講者もいるが、彼等は熱心で一日中ペン画を描いているそうで、まるで職人のようだと思う。
 モロさんの作品とペン画教室の受講者の方々の作品との違いは何かという事を何度か考えてみた。結論は、モロさんの絵には、対象として表現されている風景以外の詩情、物語性、遊びがあるように私は思うのだが。
 左の写真はTALENS CLUBの小冊子TCの取材を受けたモロさん。
 会場の一角にあるテーブルの所に坐って、一時間以上話をする。次なる共同作業を何にするか。文章作品『ペン画物語』は一旦保留にし、まずは短い映像作品でも作ってみましょうか、と言う話になる。もし『ペン画物語』(モロさんの伝記)を映像化するとなると大変なことになるので、比較的簡単にできる一部分だけを撮影してみるのはどうか。こんな話をして少しだけ盛り上がる。私が比較的直に映像化できそうだと思う場面はパリの屋根裏部屋でひたすら絵を描くモロさんの姿。もう一つは画材店で店員エリザベと言う若い女性に会い、淡い恋心を抱いたあの出来事を"Destino"風に、シュルレアリスム風に描くこと。アンリ・ルソーの『夢』のような場面がどんどん展開してゆく。暗闇を通り、深いジャングルを怪我をしながら迷いながら進んでゆくと、ついにまばゆいばかりの光を全身に浴びる。眩しい目をゆっくり開けると、自分は日本の生まれ故郷の奥多摩にいる・・・さて、どうなることやら。
 『ペン画物語』の前に、別の小作品を考えている。

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