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馬男 [短編小説]

馬男の話               2011/07/29   金曜日

 私は腕はいいが、口の悪い、荒っぽい外科医である。外科医と言えば人間の医者であるはずなのだが、不思議な患者ばかりが私の所へは来るのである。外科医ではあるが、それなりに内科や精神科の知識もそこそこあるものと自負している。

蒸し暑い日が続くと、痴漢やら露出症が顕著になるが、もう殆ど変態とか変質者と呼んだほうがよいような奴等がやって来る。しかし何故奴等が私のところへやって来なければならないのか、それが理解できない。類は友を呼ぶという諺もあるくらいだから、奴等とは自分自身のことなのかもしれない。

ところで何故奴等などと言うか、そんな失礼な呼び方を患者様という顧客に対してするのか。パーフェクトカスタマーサティスファクションなどと言うビジネスにとって都合の好い言葉が使われる時代に、なんと失礼極まりない言葉を使うのか。それは、どうしても人間とは思われないからなのである。一例を挙げれば、明らかに豚であるにもかかわらず、酷い厚化粧をして、人間の振りをしてやってくることがあるのである。それも、よせばいいのに随分色気たっぷりで、科を作って「あたいね、ブキっ。痩せたいのに服が邪魔して痩せられませんのよ、センセ。ブキっ!」などと嘆くのである。時々、あの偶蹄目牛目の二つに割れた蹄で耳の後ろを掻いたりする。顔からは玉のようになって汗が噴出し、塗った白粉が流れてゆく。猪亜目の動物の来院数が圧倒的に多いのだが、奇蹄目もやってくる。勿論、猫娘だとか、犬男もやってくる。それはまた別の機会に。

さて、三年前の真夏にやってきたのは、馬だった。黒々とした鬣が首筋に生えているので否定しがたいにも拘らず、この男は自分が人間だと主張して譲らない。もう面倒くさいので「で、どうしました?」と聞くと、最近自分の両目が左右に寄ってしまったので、正面の画像が結び辛くなってしまっている、それをなんとかするために手術して欲しい、と言うのである。「しかし、今のままで宜しいような気もしますが。本来、生まれた姿というのは一定の目的があるわけで、どのような器官でも、それなりの用途があります。この世に無意味に生まれてくる存在がないように、不便な目でも、実はそれを補って余りある別の用途があるのですよ。そもそも両側についていたほうが、視野が広角になりますから、ライオンやハイエナなどの敵の姿を見つけやすい訳ですよ。」私がそういうと馬男は酷くいきり立った。「俺は人間だ。どうして俺の敵がライオンやハイエナでなきゃならん!?」私はにやりとして「別に、ライオンやハイエナでなくってもいいのですよ。男は閾をまたげば七人の敵あり、と言いますが、敵は動物だけじゃぁありませんとも。人間の方がよっぽど凶暴だぁ。頭を使う分だけ、やることが悪辣だ。だから気をつけなくっちゃぁいけねぇ。その人間が夜道を歩いている時に襲ってくる可能性も、昨今物騒だから、ありますね。どっからテロリストが自動小銃を持って飛び出してくるかも分からない。そんな時にやはり広角の方が断然有利でしょうに。野球選手だって、広角の視野を持っていた方がやっぱり有利だと思いますがね。広角打法などという言葉があるくらいですからね。でも、その眼の位置からすると、やっぱりあんたは馬だろう?」

「何を!五月蝿い医者だ。馬鹿め!」と男は口から泡を吹き出さんばかりの勢いで言う。「馬鹿か?ははあ、やっぱり馬から自由になれないのですな?」

忌々(うまうま)しい!このやぶ医者(じゅうい)

「私はね、さっきから言ってますが、人間の医者ですよ。獣医じゃない。」

馬鹿(ひひん)馬鹿(ひひーん)、俺は獣医などと言っていない。」口から出てくる音が自分の意図している音と異なる為に、奴はすっかり逆上して額から血のような汗が滲み出てくる。それを見て私は喜んで叫んだ。「汗血馬だ。武帝の求めた汗血馬だ!私もこんな珍しい種類に出会って興奮してしまった。男はそれを見ると鬣を大きく振りながら「一体、手術はできるのか、できんのか?それをはっきり言って呉れ給え。ひひーん。」と嘶いた。

「私は医者だ、それも腕の好い医者だ。出来ん訳がなかろう。しかしね、さっきも言いましたが、そのままで十分に立派な顔だし、眼だって生まれついたものに手を加えるなんていうのは、私はよくないと思いますねぇ。」と私は彼の意志を翻そうとして言った。すると矢庭に彼は立ち上がると、後ろ足で寝台を蹴り始めた。「馬鹿野郎、ぱかぱかやろーっ!俺だってイケメンになりたいんだ。(ばふん)(ばふん)。」

horse man.JPG「ほらほら、本性がでてきちゃったでしょう。馬脚を露わしちゃった。」

「ひひーん!やいやい、手術するのかしないのか、はっきりさせろやい。」といって、今度はあの奇蹄目の蹄で私のマホガニーもどきの事務机をこつこつと叩き始める。

「や、やめて!机に傷がつくだろ。これでも結構高かったんだよ、本物の木製じゃぁないけどね。困るね、君、そういった暴力を振るってくれては。」馬男は元々赤黒い顔をいよいよどす黒く赤くして、朝食べた藁やら燕麦やらを反芻し始めた。上顎と下顎とを少しずつずらして楕円回転をさせるのである。私はその回転運動を見ていると、ケプラーの法則を思い出した。第二法則面積速度一定の法則の図は、説明を受けてもよく分からなかったが、兎に角宇宙に於ける秩序の美しさに感嘆したものである。おお、なんと美しい軌道を描いているのだろう。第三法則、調和の法則、あぁ、それはもう私の感覚的理解を遥かに超えている。しかし、やはりなんと美しいことか。

「ほら、もう君は馬だってぇことを認めなさい。そんなに器用に顎を使えるのはエクウスでなければ出来ないのだよ。エクウス・カバルス。素晴らしいよ。」そういって私は立ち上がり、馬男に近寄りながら言った。「ハグしても宜しい?」

「何だと、馬具を着けるだと?!」

「違いますよ、hugしても宜しいか、と尋ねたのですよ。」馬男はぽかんとしていた。私は彼を愛情を込めて両腕の中に抱えた。これは断じて恋愛感情ではない。生命の起源に由来する感動がそのような行為に私をして走らせしめたのである、としか言い様がない。

 

 暫くして、馬男は肩を落として帰って行った。


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今様腰折れ雀 [短編小説]

今様腰折雀    二〇一一年三月十日水曜日

 

 らっきーな婆さんが日向でうつらうつらしていると、雀が一羽飛んできました。なんだか羽ばたき方が変なので、婆さんは目を開けてよく見ると、どうやら腰が折れているようでした。可哀想に思い、婆さんは餌をやって面倒をみてやることにしました。

この雀は日吉丸と言う名前を頂戴していましたが、婆さんが近くに来ると嬉しそうにちゅんちゅんと言って、餌をねだるまでに懐きました。「おお、餌か餌か、日吉丸。」と言って掌に米粒を載せると、飛び乗ってきて啄ばむのでした。すっかり元気になった日吉丸は婆さんが近所に散歩に行けば、婆さんの周りを飛んで大はしゃぎです。近所ではもっぱらの評判になりました。

ある日、日吉丸が突然姿を消してしまいました。「日吉丸や、日吉丸や」と探しますが、影も形もありません。婆さんはすっかりがっかりして、二日もしょんぼりとしていました。食欲もなく、食べるものは梅干と御飯を少し。

でも、ご安心。日吉丸はちゃんと帰ってきました。婆さんは大喜びです。日吉丸も婆さんの肩に止まったり手に止まったり羽ばたいたり。「なんだい口に咥えているのは?」雀の口には種がありました。それはあの昔話にある瓢箪の種ではなく、糸瓜の種でした。「あら、こんな種を持って来てくれたの。嬉しいねぇ。なんの種か分かりませんけど、蒔いておきましょう。日吉丸が持って来てくれたのだから、きっと可愛い花が咲くだろうよ。日吉丸の花と呼ぶことにしましょう!」

hiyoshi-maru, welcome back.JPG暫く経つと種から芽がでて葉が出て、どんどん大きくなりました。そして夏になると見事な糸瓜が生りました。早速取って味噌煮にしたり、味噌汁に入れたりして美味しく食べました。それでも沢山取れて食べきれないので、それを煮立てて濾過して瓶に詰めて化粧水を作りました。瓶には自ら墨で『雀の糸瓜水』と書きました。それが近所に口コミでその効果が大評判になり、婆さんに分けて欲しいと言う女たちが押し寄せ、結局随分お金を儲けることができました。

それを見ていた隣のあんらっきーな婆さんが、自分も同じことをしようと腰折れ雀を探しました。しかしながら、そんなに簡単に腰折れ雀など見つかる筈もありません。頭にきた気の短い婆さんは、石を投げて雀を捕まえました。雀は頭から血を出していました。そして如何にも可哀想だという臭い演技をしながら、餌をやって暫く様子を見ていました。雀はやっぱり一週間もすると飛んでいなくなってしまいました。

「しめしめ、これであたしも少しは金持ちになれるかもよ、爺さん。」とほくそ笑んでおります。「しかしなぁ、婆さんや。隣んちの婆さんは、雀が居なくなったっていって、随分しょげていたが、お前はまるで雀のことを心配していないの分かってしまうじゃないか。もっと上手に演技をしなけりゃぁ、雀も、碌なもの持って来やせんよ。」こう言われて黙って引っ込むような婆さんではありません。爺さんを恐ろしい目で睨むとラマダン宣言をします。「あぁ、食わなきゃいいんだろうに、食わなきゃ。」で取りあえず一日絶食をして悲しみを表現して見せます。聞こえよがしに竹薮に向かって「あぁ、可愛い雀が、可愛い雀が・・・よよよ。」本当にぷんぷん臭い演技であります。こんなことをして大分痩せてしまうのかと思いきや、三日目にはやっぱり腹が減って仕方が無いので、塩辛や納豆やら沢庵やらをたんと食べて元気回復。朝から近所迷惑も顧みず、大音量で、元気に庭でラジオ体操なんかをやっております。

とそこへ、件の雀が飛んできます。婆さんの手の中に種を一粒落として飛んでゆきました。「なんだい、けちな雀だよ。たった一粒の種だよ。まぁいいや。植えてみよう早速。美味しい糸瓜が生るかもしれませんからねぇ。」

楽しみに待っていますと、その種からは芽がでて葉が出て、憎まれっ子世にはばかるごとしで、どんどん成長してゆきます。蔓が出て可愛い小さな白い花がぱっぱと咲きます。これを見て婆さんは、糸瓜ではないことが分かりましたが、それでもこの花で自分も美顔水を作ってみようと思い、花を集めて煮詰めて瓶詰めにしました。真似っ子ばあさんですから名前も『雀のくれた宝物』などと言う名前をつけて行商に出てみました。ところがこの瓶を開けて臭いを嗅いだ近所のおばちゃん達は顔を顰めました。「これ、臭い!屁糞かずらでしょ、これっ!」可哀想なことに、このあんらっきーな婆さん、鼻が詰まっていて、臭いを嗅ぐことができません。煮詰める時には凄まじい臭いがした筈なのですが、平気の平左だったのです。大恥を掻いて終わりました。

 

らっきーなばあさんは、無欲でしたから儲かっても儲からなくっても人生楽しく暮らしておりました。

暫く経ってから、ばあさんが縁側で豆よりをしていると、日日吉丸が飛んできました。「あら、日吉丸。どうしたの?」日吉丸はばあさんに何かを訴えるように竹薮の方に向かって飛んでゆきます。その後を付いて行くと、薄暗い竹薮の中に葛篭がありました。婆さんが開けてみると、何とそこには行き場を失ったらしい札束が腐るほど、実は少し黴が生えていましたが、入っていました。今更お金なんか欲しくないですから、さっさと警察へ届け出ました。それが持ち主が現れなかったために、婆さんのものになってしまいました。他人が捨てたものを貰って得をしたと言うような了見は微塵もございませんので、すぐに全部寄付してしまいました。人徳と言うのでござんしょうが、こんな風にしていると、例の糸瓜水が爆発的に売れたりするのでした。

それを知って、いよいよ妬んだのがあんらっきーな婆さんでした。頭にきたものですから、つい雀に二個の石を投げつけて落としました。雀は死にそうになりましたが、最後の力を振り絞って飛びながら、婆さんを招きました。やはり竹薮の方へ行って地面に落ちました。地面でばたばた苦しがっている雀を放ったらかして婆さんは竹薮の中へ飛び込みました。するとずぼっと穴に足を突っ込んでしまいました。「えいっ!忌々しい糞ったれ雀め!人を馬鹿にして!」と罵ります。どうやら筍の盗掘あとだったようです。「どうして、ねぜ、何条わしはこんなにあんらっきーなのか?」と自分が情けなくなって、泣き始めました。ややあって、涙を拭いて少し先の方を見るを、藪の奥に布袋が転がっています。それもまだ新しそうでした。気を取り直すと、そこまで足を引き摺りながら行きます。そして信玄袋の紐を緩めてみると、中には沢山の新札が入っているではありませんか。「おうおう、わしもとうとう、ついにあんらっきー脱出じゃぁ!万歳!」ばあさん、黙っておいて猫糞をきめてやろうかとも思いましたが、どうせ捨ててある金だから誰も取りには来ないだろうと踏んで、半ば意志には反していましたが、警察に持ってゆきました。警察ではいろいろ尋ねられ、つい「ぽちが泣くので裏の庭を掘ってみたら出てきた。」などと嘘をついてしまいました。

数日してから警官がやってきました。婆さんはきっと持ち主がみつからなかったのだろうと早合点して、喜ぼうと相好を崩しかけていたところ、偽札であることが分かったので詳しく事情を聞きたいと言われてしまいました。おお、なんとあんらっきー!つい思いつきで口から出任せを言ったことが災いとなり、散散絞られ嫌味を言われた後解放されました。

あんまり口惜しくって業腹がたつもんですから、このあんらっきー婆さん、らっきー婆さんのところへアルバイトの申し込みをしました。繁盛している糸瓜水の売り子を買ってでたのです。あんらっきーな自分が働くことでらっきーな婆さんに自分の不幸を少しでも味わわせてやろうという意地悪な魂胆です。らっきー婆さんは超能天気人間ですから、どんな魂胆があろうが気にもしません、邪推もしません。売り子として即座に採用しました。

妙なもので、このらっきー婆さんは何事も上手く行くような星の下に生まれているようです。あんらっきー婆さんが来てから、売り上げは落ちるどころか更に上がりました。

事情はこんな風だったのです。あんらっきー婆さん、採用と言われるとしめた、と言いました。そして糸瓜水を買いにくる客に対して荒々しい言葉、を使うやら、暴言を吐くやら、悪態をつくやら、それは酷い有様でした。ところが、お客の方はそれが全て本気ではなくて冗談、洒落だと思っていますから「まるで、一人で漫才やっているようなお婆ちゃまですね!」「威勢がいいわね。」などと予想外の褒め言葉であります。そう言われてみるてぇと満更でもなくなるのが人情と言うもの。勇気百倍、頑張ってしまう運命と相成ったのであります。その結果ボーナスまで頂戴してしまって、すっかりらっきーな気分になり、段々人にも動物にも植物にも、路傍の石にも優しく語り掛けるようになりました、とさ。

これは超能天気パワーの話でありました。おしまい。


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ジャックと豆の木 その2(後半) [短編小説]

 連日連続して報道される大地震の被害は、多少計画停電があっても普通に暮らしている私を明るい気持ちにはしてくれない。しかし、経済活動が停滞してしまっては復興そのものに大きな影響がでる。八百長問題で興行が中止になった大相撲も、ナイターの照明使用で試合実施を再考しているプロ野球でも、実施しなければ経済活動がその分野に置いては停止してしまい、よいことは少しも無い。人、物、金、サービスなどが動かなければ経済活動と言うエネルギーは出てこない。関わっている人々、依存している人々に大きな影響の出ないように、速やかに、且つ良識的に進めて欲しい。
 地震ありて更新する気力も聊か減退しおりしが、上記の理由により(へへへ)、このやや不謹慎な物語を復活せんと思ふ。

 翌日の早朝、あんまり空腹で水ばかり飲んで小用を足す為に起きたジャックが見たものは、巨大な豆の木でした。バベルの塔もかくこそありしか、というばかり、木は雲の中まで届いています。馬鹿と煙は高いところがお好き、の例にもれず、この楽しそうな遊具を見つけたジャック君は早速朝飯前に登りはじめます。

 随分時間を掛けて登ってゆきますと、やがて雲の上に到達します。雲の上には道がありましたので、そこを歩いてゆくと、大きな屋敷が見えてきました。ジャックは本当に腹が減って死にそうでしたので、その屋敷の扉を叩いてみました。すると優しそうな若い女が出てきて言いました。

「ここは、人食いの巨人の家ですよ。食われるといけないから、早くお逃げなさい。」

「俺、腹が減っているので、飢え死にするくらいなら巨人に食われた方がましだよ。何か食べさて下さいな。」

若い女はジャックに食事を持って来てくれました。食べると朝からの疲労ですっかり眠くなってしまったジャックは屋敷の中のゴミ箱にもぐりこんで眠ってしまいました。

 暫く経つと大きな足音がしました。巨人が帰ってきたのです。

「おい、人間の臭いがするぞ。どこだ?どこにいるんだ?」

「何を言ってるんですか、旦那様。それは昨日食べた粉屋の小僧の足があそこに転がっているからでしょう。そんなことより、早く一杯お飲みになったら。」と言って強いウィスキーをなみなみとカップに注ぎます。巨人はそれを美味そうに一口で飲み干します。女はどんどん注ぎます。羊やら牛やらをぺろりと平らげて、巨人は満足そうにして、戸棚から鶏を取り出しました。そして言いました。「産め!」そうすると鶏は金の卵を一つ産みました。また巨人は言います。「産め。」するともう一つの金の卵が出てきます。続いて棚から小さな竪琴を出して食卓の上に置きました。この竪琴には船首像と同じように女神の像がついています。首の部分が回転するようになっていて、巨人がそこを回して手を放すと、天上の音楽が聞こえます。その音楽を巨人はうっとりとして聞惚れているうちに、うつ伏せになって眠り込んでしまいました。

 一部始終をゴミ箱から覗いていたジャックは、抜き足差し足忍び足で巨人に近付くと、これらの宝物を壁にぶら下げてあった布袋に入れて、若い女にはお礼も言わずに逃げ出しました。そして、必死に豆の木を降りて家に帰りました。

 

「おっかさん、ただ今。」

「どこをほっつき歩いていたんだい。」

ジャックはそこで巨人の屋敷の話をして、袋から戦利品を取り出します。

「おっかさん、見ておくれ。俺これから面白いもの見せてやるから。」と鶏を卓に置いて「産め!」と言います。でも何もおこりません。

「ほら、この馬鹿息子!なんにも起こらないじゃないか。」ジャックも焦って、鶏の背中を押したり鶏冠をさわったりしてみます。すると一つの金の卵がころりと出てきます。

「あれまぁ、こりゃぁ、おったまげた。金の卵を産む鶏!これで大金持ちだね。流石私が腹を痛めて生んだ息子だよ!もう一回やってみな。」

「産め!」ジャックは得意そうに命令します。しかし、雌鶏ピクリともしませんし、金の卵も出てきません。「なんだか変だなぁ、おっかさん。」

「何してんだよ。早く早く。あたしたちゃぁ金持ちにならなければならないんだから。」

ジャックはいよいよ焦りますが、全くだめです。普通の卵も出てきません。癇癪もちのジャックは怒って雌鶏を床に叩き付けてしまいました。すると、金属音がして、雌鶏の首がポロリと取れてしまいました。

「あれっ!これって、作り物だ。嫌になっちゃう。ぜんまいがはいっているぞ。」

made by john.JPG「本当だ。何だか見覚えがあるけど、これはお前の父さんのジョンが作った鶏だよ。ほら、この腹のところにメイド・バイ・ジョンてぇ書いてある。お前の父さんの、下手糞な字だよ。」

「ということは、この金の卵は?」とジャックは指でごしごし擦ってみます。

「なんだ、絵具が塗ってあるだけ?もう嫌になっちゃう。でもね、この竪琴は結構優れものだと思うよ・・・」とやや自信なさげに袋から例の竪琴を取り出します。

「何、その下手糞な女神の像かな、それ、鬼瓦?」と母親。

「これ、女神の胸像でしょう。これね凄いんだ。首を捻るとね、歌を歌うんだぜい。」とジャックは汗をかきながら、自分が贋物をつかまされたことを否定しようとして、竪琴の素晴らしさを訴えようとします。首を半回転して手を放すと、オルゴールが鳴り始めます。

「なかなかいいね。これは売り物になるかもしれないよ。」と母親。「私にもやらせてご覧。」そういって欲張りな母親は首を三回転させました。その時、ぐきっ、と鈍い音がして、首がやっぱりぽろりと取れてしまいました。「えっ!なにするんだよ、おっかさん。」

「馬鹿いいなさい。三回回しただけでしょうが。三回で壊れてしまうもんなんか、売れんね。」と居直っています。ジャックはがっかりして、女神の首を拾います。

「あれ、ここにもなんか字が書いてあらぁ。メイド・バイ・ジョン?あぁ、もう、いやになっちゃう。」

「そうよ、それがお主の親爺様の本性。分かるかい?こんなことばっかしやってたの、結婚以来。どれだけあたしが苦労したか、少しは想像できるだろ?」

ふと窓の外を見ると、豆の木が揺れています。「あっ!」とジャックは言うと、斧を持って外へ飛び出します。そして、急いで豆の木を根元から切りました。すると不思議なことに、豆の木はぐんぐん空に上がってしまい、とうとう見えなくなりました。お蔭様で、ジャックを追って降りてきた巨人も、落ちてくることはありませんでした。

 

 この事件以来、ジャックはすっかり山師のような生活、考え方を改めて、平々凡々な暮らしを熱望するようになりました。母親も毎日、平和に普通の生活ができることですっかり満足し、優しいよい母親になりました、とさ。


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ジャックと豆の木 Jack and the beanstalk その1 [短編小説]

 今日は、20年以上前に短い芝居としてペン画家の師岡さんのために書いた『ジャックと豆の木』を、全面的に書き直したものを公開。電車の中で金曜日に五分の一ほど書いたものを、今日書き足して完成。二回に分けて発表。

* * * * * * * * * * * *

ジャックと豆の木          2011/3/6 日曜日

 

 貧しい農夫とその息子ジャックが、毎日のように言い争いをしながら賑やかに暮らしていました。どうして貧しかったかと言いますと、夫であるところのジョンが、一攫千金を狙う山師のような人間だったからであります。納屋を錬金術師の実験工房のようなものにして、野良仕事もしないで毎日実験に明け暮れていて、ある日轟音がしたので妻が飛んでゆくと床の上で虫の息になっていたのであります。そして手当ての甲斐もなく、多くの借金を残して死んでしまいました。

 母親一人では大きくなったジャックを食べさせることもできないので、ジャックと母親は、どんどん貧乏になり、とうとう売れるものは牝牛だけになってしまいました。にもかかわらず父親の山師気質をしっかりと受継いだジャックは七つの大罪のいくつかもしっかりと見に付けていましたから、少しも働こうとはしませんでした。ちなみに、ジャックは『ジャックと豆の木』と言う話が大好きで、そらんじていました。

 ある日、食べるパンもなくなりそうになったので、母親がジャックに言います。

「おい、ジャック!もうそうやってごろごろ寝転んでいるのはよしな!」

「寝転がっているたぁ、人聞きの悪い。俺はこれでも頭を休めながら考え事をしてんだぁ。」

「どうせ、おぬしは変なことを妄想しているに違いない。」

「これだから凡夫、凡人の無知は度し難いのよ。俺と言うこの崇高な存在を前にして、妄想などという偏狭なる言葉で俺の発想力、想像力を貶める。妄想力とは、これ巨大なる宇宙的なる発想力でもある訳よ。」

「あぁ、おやじそっくりだ。でもさ、ジャック、腹が減っては人間生きてゆけませんよ。」

「そりゃぁそうだ。」

「じゃぁ、顔でも洗って、町へ行ってきな。牛を売ってくるんだよ。出来るだけ高い金でね。それで小麦粉を買ってくるんだよ。」

「じゃぁ、行ってくっか。」そう言うとジャックは、いやいや牝牛を市場に引いてゆきます。

 

 jack and the beanstalk 1.JPG道をしばらく歩いてゆくと太った肉屋の親爺が木陰でニヤニヤ笑っています。

「おい、ジャック、どこへゆくんだね?」

「俺ですかい?市場まで、この牛を売りに行くとこですよ。」

「痩せた牛だなぁ。」

「餌が少ないもんで、ちょっとほっそりしていますが、美味しい乳を出しますよ。それこそ天の川のような。」

「そうかい、そうかい。ところでジャック、わしはな、好いもんを持っているんだ。ほれ、見てみろ。」と帽子一杯のつやのいい美味しそうな豆を見せてくれます。

「なんだか、きれいな豆だぁ。」とジャックもすっかり魅了されています。物語と一緒じゃないか、こいつは素敵だ!と心の中で叫びました。

「そこの牛と交換しようぜ。」

「でもさ、この牛は売って小麦粉を買わなければならないし、お金も持ち帰らなけりゃ、母ちゃんに殴られるもの。」

「おまえな、ジャック。芸術、霊感とはなんたるか知ってるか?」ジャックが首を傾げていると「直感だよ。見て好いと思ったものは、お前の人生を明るいものにしてくれる。この芸術的な感動なしの人生なんか、なんと味気ないことか。さぁ、芸術を楽しめ!人生は感動あらばこそじゃ。なっ?いいか。持ってけ、泥棒!」

 結局気づいてみると、やっぱり、ジャックはすっかり幸福な気分になって豆の入った帽子を大事そうに持って家に帰ったのであります。

 

「ただ今、おっかぁ。」

「あら、お帰り。早かったね。」と母親は怪訝そうな顔でジャックを見ます。「小麦粉の袋は?お金は?」

「おっかぁ、芸術だよ、人生は。そんな小麦粉だのお金だの・・・いけませんねぇ。もっと人生を楽しまなきゃ。」

「何を寝惚けたことを言ってんの。あれ、なんだいその帽子の中の豆は?」

「これかい。よくぞ聞いて下さった、おっかさん。これこそが芸術の輝き。」と肉屋の親爺の受け売りをします。

「なんだと?まさか、おまえ、牝牛とその豆を交換したんじゃぁあるまいね?」

「そのまさかですよ。」

母親はすっかり逆上して、ジャックから帽子を取り上げると、その豆を怒りに駆られて庭にぶちまけました。この晩ジャックに食事が与えられなかったのは当然の話でした。

 


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今様桃太郎 その4 (之にて完結) [短編小説]

 この小さな生き物は、よく見ると猿に似ています。赤い腹掛けの下には、産毛と言うよりも立派な胸毛と腹毛が生えて渦をまいています。手には小さな打出の小槌をもっています。まるで大黒様みたいな奴です。小僧はちょこなんと正座するとこんな風なことを言います。

「昔話で足柄山で熊と相撲を取ったと言う坂田の金時は赤い腹掛けをしていました。金時は大きくなってから源頼光たちと大江山の鬼を退治しました。桃から生まれたのは桃太郎で、鬼が島に行って鬼を退治し、更に宝物を分捕って凱旋しました。素晴らしい孝行息子です。そして、僕は手に打出の小槌を持っているんですよ。」

「そいつはすげぇや・・」とじいさんは目を丸くしてただただ感動であります。

「じゃぁ、早く、鬼が島に行って、宝物取って来い!」とばあさん。

「それは無理ですよ。理由は三つあります。」

「ほほう、三つか。なかなか論理的な小僧だ。生意気な。」と爺さん。

「なぜかにゃらば、僕はお婆さまに発見されるのが遅かったので、腐りかけていた。だから可哀相に、発育が十分ではないので、膂力も脚力も不足しているのであります。第二にこの打ち出の小槌の魔力も、腐れ汁のお陰で効かなくなってしまった。こんな一寸法師では鬼は退治できませんよね。三つ目、鬼と雖も生きているのであります。それを退治などしてしまっては、鬼より怖いアメリカからミサイル攻撃を受けてしまうでありましょう。てな訳で、僕は平和主義者なのであります。」

「つまり、要は、お前はただの穀潰しと言うことか。」と婆さん。

「で、お前のその赤い腹掛けは、どのような意味があるんじゃ。」

「先刻申し上げた通り、金太郎の腹掛けであります。つまり、力の象徴でありますね。」

力という言葉を聞くと、婆さんすっかり満足そうにうなづいております。

「なるほど。つまり、この小僧は、首に鎖つけて働かせれば、百円の元が取れると言うことだ。」

「そうじゃ、そうじゃ。そうしよう。」

「まず、名前つけよう。小僧は、腐れた桃から生まれたので、腐れ桃太郎。しかも、赤い腹掛けしているので、腐れ桃金太郎。いい名前じゃ。」

「ほにほに。腐れ桃金太郎!近こう寄れ!」

こうして、この業つく爺さんと婆さんの家でこき使われる羽目になったのであります。腐れ桃金太郎、腐れ桃金太郎。大人気であります。こんなことで人気があってもちっとも嬉しくありませんが。

今様桃太郎挿絵2011-2-20日曜日.JPGところで、腐れ桃金太郎は小さいからだにもかかわらず大食いでした。爺さんと婆さんの惧れは的中してしまったのであります。本当に穀潰しでした。朝起きると、一升飯を軽々と平らげ、十時には腹が減って動けなくなる始末。こうなれば婆さんも小僧のために、お稲荷さんやら蒸かした芋だとかをたんと与えるのでした。小僧はそれをさも美味そうに食べて、ぽっこりと盛り上がったお腹をさすって「鼓腹撃壌。天下泰平。」などと爺くさいことを言っているのであります。そうして、昼になればもう腹が減って動けないわけでありますから、婆さんはうどんやら蕎麦やらをそれこそ鬼のように作ります。またそれを本当に美味そうに小僧は口に運ぶのです。ここいらでばらしておきますが、婆さんは料理が滅茶苦茶に下手糞なのです。何しろ味見もしないで、塩やら醤油やら味噌やらを鍋に放り込むもんですから、料理と言うよりは、化学実験のようです。この食材の化学反応のモルモットになったのが可哀相な爺さんでありました。それで外食が増え、山へ芝刈りするのが常習化したような経緯があるのです。

初めは、自分たちが楽をしようなどと不届きな考えを持っていた老夫婦でしたが、小僧があまりの大食いだったために、爺さんと婆さんの年金では足りなくなり、とうとう再就職することになりました。婆さんも大食いの腐れ桃金太郎に毎回すこしずつ注意されているうちに、化学実験が料理に変化し始めました。「おばあさま。醤油は大匙二杯にしたほうが美味しいですよ。」とか「味醂をいれると甘味が全体を優しくしてくれるかもしれないねぇ。」人間面白いもので、まじめにやって褒められたりするとすっかり上機嫌になって、人生益々生きる気力が漲ってまいります。料理も美味しいと褒められ、婆さんはすっかり料理名人になりました。爺さんも家族を養うことの喜びをかみしめるようになりました。

と言う訳で、この今様昔話の終わりはめでたしめでたしでした、とさ。

 

2003/08/10 日曜日 

   
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今様桃太郎 その3 [短編小説]

 

 夕方になると婆さんは自分の分だけ蕎麦を茹でて、さっさと食事を終えてしまいます。そして、寝転がって五月蝿い蚊を団扇で時折追い払いながら、テレビを見ています。そこへ爺さんが帰ってきました。

「やぁ、ばあさんや、只今。」

「ありゃぁまぁ。今日はどうしたんだい。随分早いねぇ。どうせ、ふられたんだろうが!」

「何を言ってやがる。最近は温暖化のせいで、山もすっかり荒れちまって、山賊ばっかし。物騒でいけねぇやね。」

今様桃太郎その3挿絵2011-2-14.JPG「何が山賊なもんかい。おまえさんの方がよっぽど山賊みたいな顔してんじゃないの。」

「まぁ、そりゃぁいいや。それより、今晩の飯は?」

「珍しいこともあるもんだ。夕ご飯を召し上がろうっていう魂胆なんだぁ。いっつも外食ばっかしするから、もうあんまし作らないことくらい知っているのに・・・蕎麦だったんだけど、じゃぁ茹でるから待ってな。」と言って、婆さんは大儀そうに起き上がると、薄汚い台所へ行きます。茶碗と箸、それとインスタント麺つゆの入った硝子瓶をどかん!と卓の上におきます。爺さんはこんなとき、まるで従順な少年のように婆さんの言いなりです。

「ところで、今日さ、桃買ってきたの。食前に如何?」

「あぁ、いいねぇ。小腹が空いたんで、ちょうどいいやね。どれだい・・・」と爺さんは件の桃を探します。

「あぁ、これか。ちょっと、と言うより可也腐りかけているなぁ。何処で買ったんだ。まぁ、どうせあの蟻地獄みてぇな八百屋の爺に騙されたんだろう!不幸な獲物が擂鉢の底にずり落ちてくるのをじっと待ってる。」

「騙されたわけじゃぁないよ。腐りかけだけどさぁ、腐ったものをすぐに捨てちまうと言う、金持ちのやり方に抗議の意思表明をしようと思ってさぁ、若い小僧がいる前で、これ見よがしに三つ千円のところを三つ三百円で買ってきたわけ。ある意味では、あの蟻地獄爺への激励でもあるのさ。」

「三個で三百円?どうも眉唾だぁね。お前は貧乏性だから、三つ千円の桃なんか買う筈がない。依って、三個三百円も怪しい。きっと、三個百五十円に違いない。」

「まぁ、値段ばっかし言ってると、味が無くなってしまうから、さぁさ、食った食った!」

婆さんはその桃を皿の上に置いて、鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いんや、と言うような大きな包丁を持ち出してきます。大体、欲張りな人間ほどその道具は大きいものです。茶碗とか箸とか、或いは大きな小銭入れとか、風呂敷とか、リュックサックとか。何でも拾ってやろうと言う根性が見え見えです。婆さんがそれこそ山姥のように大きな包丁を持ち上げると、桃が喋ります。

「まだ、殺さないで!僕、まだ生まれていないんだから。」喋るというよりは、絶叫、殺人鬼を前にしたうら若き女性の叫びです。この声には二人ともすっかりびっくりして、腰を抜かしてしまいました。あんまり驚いたもんですから、暫く何も言えないで呆然としている有様です。

「おい、爺さんや。この桃喋った?」

「あぁ、ばあさんや、喋った。」と言うと、爺さんは手をポンと打ちます。

「どうしたの、爺さん。」

「何、この桃は喋るわけだから、見世物にしてやろう。見世物小屋やろうぜ。」

「何、あの、親の因果が子に報いってぇ奴。木戸銭取って騙くらかすやつ?」

「儂が呼び込みやるから、婆さんはこの桃の来歴を説明してくれや。」

「僕、やだよう!」と桃の中から声が聞こえます。

「何を生意気な。お前はまだ生まれていないんだから、人権なんかないんだ。」

「おじいさん、僕、桃じゃないよ。喋る桃じゃないよ。もう早く出してよ。」どうも生意気な喋り方をする桃でしたが、ばあさんはでっかい包丁をゆっくり腐った桃の天辺に当てて、ゆっくりと下に下ろしました。すると中から丸に金の字のついた赤い腹掛けをした一寸ほどの赤ん坊が出てきました。

「じいさん、ばあさん。こんばんは。」

「この憎たらしい小僧だね。儂らに向かって、じいさんとばあさんとは。「お」を付けなさい、「お」を。おじいさま、おばあさまと呼びなさい。なんだい、いきなりじいさん、ばあさんとは馴れ馴れしい。」

「そうだそうだ。こんな小僧折檻してやりましょう。後ろの山に捨てましょうか・・・」

するとこの赤ん坊がずるそうな目つきをして言います。「おじいさま、おばあさま。僕を大切にするといいことがあるかもしれませんよ。昔から、純粋素朴な気持ちで人助けをすると、きっと最後はめでたしめでたしってぇ人生が待ってるんです。」

「何よ、言ってみなさい。どうせ碌な話じゃなかっぺ!」


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今様桃太郎 その2 [短編小説]

 今日は、折角大好きな雪が降ったにも拘らず、体調が優れず、何をするもの物憂い一日になってしまった。だから予定していた挿絵もちっとも捗らず、こんな時刻になって一応描くことになってしまった。モデルを見ずに描くのは、結構骨が折れる。何しろ絵としてそれなりの構図にする、これが難しい。反省。

*************************

 婆さんが無我の境地に沈潜して数時間が経過しました。台風が近所を通り過ぎて行ったようで、薄暗くなっています。さすがに体のあちこちが痛くなってきました。手の指はもとより、肩、腰、尻、足の指、目、耳。「あぁ、ここいらで退散するとすっか。」と婆さんは腰をあげました。

 店を出ると、蟹股でそろりそろり歩き始めました。殆どの店が大型店舗の中に吸収されてしまったと言うのに、今でも頑固に街角のたった六畳くらいの場所で八百屋を開いている爺さんと婆さんの前を通りかかります。

「へ~~~ぃ。いらっしゃ~~~~~~ぃよ。」といかにも以前は元気があったかもしれないと想像させる萎びた干からびた陰気な声で、八百屋の爺さんが客引きをしております。

「あらよ。今日はさぁ、百人切りよ、百人。」と洗濯婆さん。

「おおよ。そりゃぁ威勢ぇがいいなぁ。百人切りたぁ。舌きり雀よりゃぁいいだろう。」

「けけ。着たきり雀よりいいでしょう。」と地球防衛軍の婆さん。

「いいね、いいね。威勢があっていいやね。で、大将相変わらず元気かい。」

「あたふたするほど、あたぼうよ!紐の切れた風船球。」

「そうそう、大将は糸の切れた奴凧。いつけえってくるかわかりゃぁしねぇ・・・ちげぇねぇ。ところで、百人切りの凱旋祝いに今日入荷したばっかしの桃どうだい!」

「今日入荷した?嘘を付け!」と地球防衛隊。

「そ、そんな漬物はない!」と昔の色男。

「だってさぁ、その桃、一週間まえから置いてあるの知ってますよ。」

「ばれたか・・・ばれりゃぁ仕方ない。事実を申し上げましょう。これはせ、取っておきの宮内庁御用達の桃でありんす。」と一つ手で持って爺さんは講釈を始めようとします。

「何言ってんだい。宮内庁御用なしの桃でしょうが。大和の国の産でありながら、洋ナシたぁ、なかなか複雑だぁこりゃぁ。」と防衛軍。「土台、土台が腐ってらぁ。あんたの手、びしょびしょですよ。」

「これだから素人は困るんだ。水も滴るいい男たぁ俺のことだぁ。」

「そんな腐れかけた桃なんか売ってから、店が傾いちまうんだよ。幾らだい?」

「なんだい、買ってくれんのか。じゃぁ、入荷時は家の希望価格が一個三百円だったが、水も滴っていると言うことで、三つで百円にしておこう。」

「安全かどうか確かめたいんで、一つ条件がありますよ。大将、その指舐めてみな。」

桃売り爺さんは、さも美味そうに、腐りかけた桃の底から出た汁を舐めます。「甘い!こいつぁあ春から縁起(演技)がいい。」とちょっと顔を顰めて、助六よろしく見得なんか切っております。なかなかの演技派であります。

今様桃太郎その2 挿絵2011-2-11.JPG「毒はなさそうだね。じゃぁ、貰って行きましょう。」

「おう、持ってけ、泥棒!」

と言うことで、婆さんは腐った桃を三個買いました。

 

 家に帰ると、婆さんは一つだけ一番腐りかけた桃を残して、他の二つはさっさと食べてしまいました。「まぁ、腐りかけだったけど、食べれるじゃないの。ちょっと渋いけど、この渋みもまた自然の旨みだわね。腐るということは、人工甘味料や防腐剤を使っていないと言う証拠でしょうこ。けけけ」などとくだらない駄洒落を言って一人で悦に入っております。


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今様桃太郎 その1 [短編小説]

 今日は、2003年に書いた今様日本昔話の中から、唯一完成している『今様桃太郎』の話を紹介。400字詰め原稿用紙なら20枚くらいになりそうなので、数回に分けて。

今様桃太郎2011-2-6日曜日.JPGむかしむかし、と言ってもつい最近の話、近所のそこいらに、爺さんと婆さんが元気に住んでおりました。爺さんは喜寿を過ぎておりましたが、髪の毛がふさふさして立派なものです。外見に矢鱈に気を配る方で、暇さえあれば鏡の中の自分の姿を見ては、「今日はいけてるぜ!」とか「うーん。もうちょいだ。」と言った後に「惚れぬ女の気が知れぬってかぁ。」などと独り言。櫛と鏡は彼の生活必需品であります。婆さんはすっかり白髪ですが、抜け目のないような目つきは、昔とちっともかわりません。色気はすっかり天山山脈の彼方に飛んで行ってしまいましたが、物欲と食欲と睡眠欲は膨らんだ風船がまだこれでも破裂しないで頑張る様に肥満化しております。総入れ歯を毎日自分自身の歯であるかのように丹念に磨いています。一本ずつ名前をつけて、さも愛しそうに、「あぁ、私の梅の介!豊太郎!寛一つぁん!」などと呼んでいます。ちなみに、梅の介とは大臼歯の一本、豊太郎は前歯、そして寛一つぁんは犬歯の一本です。夫婦仲はよくはありませんが、かと言って別れてしまうほどでもなく、どちらかが先に死んだら残った方が葬式くらいちゃんと出してやろう、と言った冷静な隣人愛を提供しあえる円満な関係であります。

 さて、ある日、婆さんに「例のところ行ってくらぁ。」と言って爺さんはいつも通り山へ芝刈りに出掛けて行きました。型どおり、婆さんは川へ洗濯です。みなさんとっくにお気づきと思いますが、爺さんの山と言うのは、胸の高鳴る心の山場であります。すなわち、携帯電話で連絡を取り合った相手との出会い場所です。婆さんの川は、命の洗濯をするゲームセンターです。

爺さんは老いて尚お盛んだったので、金銭的には、昔ちょいとえげつないことをして貯めておいたお金を使って、芝刈りに大忙しです。電子メールで女性を装った相手にすっかりだまされて、危うく有り金を巻き上げられそうになったこともありました。尤もそんなことを一度や二度経験したくらいでめげてしまうほどやわではござんせん。

婆さんは指を使っているので、頭はまだまだしっかりしていて、若いもんには決して負けません。隣で婆さんの指捌きを見ていたある若者は「この世のものとは思われない。あの世のものだ!」と驚嘆しておりました。

 閑話休題。爺さんが山で芝を一生懸命に刈っている最中に、婆さんは今日は馴染みのインベーダーゲームです。空から、と言うか宇宙空間から降り注ぐ侵略者たちに向かって電子銃を撃ちまくるのです。油断をすると友軍の戦闘機が撃墜されてしまいます。反対に特定の敵機を撃ち落すと、友軍が一機増えたりするのです。まるで加藤隼戦闘隊長になったかのような錯覚が味わえるのでしょうか。努力が報われるところが嬉しいのでしょうか。信賞必罰が愉快なのでしょうか。でも、あえて地球を真剣に防衛しなくても、誰からも罰せられることもありませんし、地球をインベーダー達から守っても喜ばれもしません。宇宙からの侵略者たちを皆殺しにしたからと言って、婆さん凄い!と言って孫に褒められ美味しいご飯をおごってもらえるわけでもないでしょう。ではなぜ、何が彼女をして斯くまでも興奮せしめるのか。理解できない向きもございましょうが、子供と老人とはその趣味と行動の多くに共通点があります。同じことを飽きもせずに、何度でも繰り返します。そして子供は学習してゆくのであります。一方、老人は無我の境地に沈潜してゆくのであります。一方は学習的行動、他方は哲学的行動なのであります。

 


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沈み行くジャガタラ芋(の悲劇)或いはコンドルと太陽神 [短編小説]

栗の里の愉快な女房 ― パフォーマンスに参加するの巻 2010-10-23土曜日 

 女房殿は幼少の頃よりバレエや日本舞踊やらを習っていた。そのため、このようなパフォーマンスのお声が掛かったのである。

 それはもう七年も前のことである。その頃ダンスの稽古場に通ってくるようになった一風変わった男性がいた。彼は大学の講師をしていると言って、彼の名刺を呉れた。ひょろりとして、外見はまだ二十代に見えるのだが、三十路である。坊ちゃんのようだが、話し出すとまるで語り口がおっさんで、理屈っぽく、話は二転三転し、何を話そうとしているか分からない、明日のおかずの心配をしているかと思うと、スーパーカミオカンデの装置の説明を始める。それゆえ女房殿は彼に「スーパーぬらりひょん」と言う渾名を進呈した。

 この稽古場には玉川シスターズと女房殿が命名した三人の若い女性ダンサーがいた。玉川学園出身の姉妹だったからだが、一番年上のアカリはスタイルもプロポーションも抜群で身長も高く一等美人で、スーパーぬらりひょんのお気に入りだった。二番目はアケミ、三番目はトシミ。この二人はぬらりひょんにすれば、いらないオマケである。が、オマケを疎かにすると本命を靡かせることは出来ないだろうと踏んだ。アカリは公言していなかったが、既婚者であったから、それは無駄な労力であったのだが。大体人生とはこんなものである。

 彼がある日、稽古が終わってから玉川シスターズをお茶に誘った。シスターズが顔を見合わせていたら、その近くに居た女房殿にも声が掛かった。彼よりも年上であるにも拘らず、ぬらりひょんは「君も一緒にお茶に行かない?」と誘った。女房殿は察しが至ってようござるゆえ「ちぇっ、また出汁かぁ。」と思いつつも、にんまり笑って「いいっすよ。」などと学生言葉を使う。

 a sinking potato.JPG五人で行った喫茶店では、ぬらりひょんの会話が殆ど大部分を占めていた。椅子にどっかりと腰を掛けると彼は自己紹介を始めた。大学の講師であり、研究対象は演劇やパフォーマンスであり既に幾つもの論文を書いているのだ、と。ちょっとした本の書評なども書いている。研究を紹介するためホームページも作っていて、そこには彼の業績がずらりと並んでいたが、それが果たしてどれだけの価値を持つかは別問題である。

 しかし、普通の人間にとって、こんな彼と楽しく会話を続けるのは結構大変なことである。彼以外殆ど口を開かない。これは何か膠着状態を打破するものが必要と見た彼はこんなことを言った。「皆に声を掛けたのはさ、実はね、皆でパフォーマンスをしないかと思ってさ。」これには女房殿、すっかり乗り気になる。人前に出ることは大生来好きであるから。「悪くないわねぇ。パフォーマンスならば、新しい試みが沢山出来て、芸術的だものね。」と言ってのけた。「芸術そのものですよ。」とぬらりひょん。アカリも自分のダンスの発表会を控えていたのだが、大学講師と一緒にパフォーマンスをしておけば、批評を書いてくれるかもしれないと期待して「私も、新しい芸術に興味あるわ。」と言って参加を決めた。オマケの二人も「芸術ならば、私達だって負けていないわよ。」と参加することになった。

彼が「それじゃぁ、次回会うときまでに、パフォーマンスの名前の候補をいくつか考えて来て。」と言って、この日はお開きとなった。

 女房殿は帰宅すると私にこの話をしてくれた。そして名前の候補としては「ぬらりひょんと百鬼夜行」「ザボンの花、咲いたよ」「沈み行くジャガタラ芋」などを挙げた。私は早速余計なお節介をする。題名は「沈み行くジャガタラ芋あるいはコンドルと太陽神」がよい、と強く勧めておいた。

 次の集まりでは、他の人々はあまり面白い名前も考えてくることがなかったので、女房殿の案を元に議論が進められた。まず「ぬらりひょんと百鬼夜行」は彼がただちに却下した。なぜなら玉川シスターズが顔を噴出して笑ったからである。彼女達は、女房殿が彼のことをぬらりひょんと呼んでいることを知っていた。勿論彼は知らない。「ザボンの花、咲いたよ」は余りに素朴だ。晦渋であるものが好いと言うのが彼の判断であった。結局「沈み行くジャガタラ芋或いはコンドルと太陽神」に決まった。

 彼らの稽古については、簡単に述べるが、どんな打ち合わせを繰り返し、音楽を選んだり、録音したり、会場を選定し、会場と打ち合わせをしたり、運搬の車の手配をしたり、写真撮影の依頼をしたり、公演案内チラシを作り、ポスターを作ったり、照明や音響、舞台監督と言ったスタッフを決めたりしたかは省略しよう。ただ、演劇人である女房殿の働きなしにはこの公演は成功しなかっただろうと思う。

 パフォーマンスの内容、構成については、ぬらりひょんとダンサーであるアカリが大筋を決めていった。アカリはその恵まれた肉体と天性のダンス勘のよさから、例えば水に潜るカイツブリのような動きをしてみたり、あるいは海中でたゆとう海草になってみたりと、面白い動きをいくつも作り出していた。そしてこれはと思われるものがあると彼がそれを採用してゆく。出たとこ勝負のような作品作りをした。かなり偶成的な内容である。毎回異なるので、見ている方は訳が分からなくなるような代物である。これ幸いと、女房殿も負けじと、思いつきでフラミンゴダンスや、ペンギンウォーク、鳩のお散歩やらバッタの動きをするなど、工夫を凝らす。それも結構彼の受けは好かった。「それいいね!」「それ採用!」どんどん取り入れられる。

出汁の二人は、やっぱり出汁なので、人間小道具、人間大道具である。姉と比べると才能に大きな差がある。そして、肝心の大学講師であるぬらりひょんは、口ばかりで体が伴わない。おまけに、呆れるほどのナルシストで、自分の演技が美技に属すると信じているのである。これは人間障害物である。

台本作りは大変難行したが、それでも芝居をしている女房殿にとって台本は必需品であるから、何とか彼女が書き取って形ができた。

 

 公演は横浜の古風な建物の中と渋谷のライブハウスの二箇所で合計五回行われた。観客の動員もそこそこで、それなりに客席は八割以上埋まっていた。

 大学院の研究室で一緒だった仲間やら、彼の生徒やらが観客として観に来ていた。彼ら一言居士たちの書いたアンケートはこんな風だった。

 

その一)このパフォーマンスで飛田(ぬらりひょんの名前)は、何を言わんとしていたのか、それは正直、今すぐには分からない。しかし、その演技の不可解さ故に、彼はパフォーマンスに新たな一ページを開いたことになるであろう。

その二)飛田お得意の変化球、バリアシオンが随所で見られる公演であった。そして、あのペンギンウォークのあの場面における採用は、まさにコレオグラファーとしての飛田の才能の片鱗を見ることになった。

その三)あのフラミンゴダンスの諧謔精神には脱帽。抱腹絶倒。パフォーマンスで笑いは必要があるのかと言う疑問を吹き飛ばす。

その四)客席の周りから題名と内容の関連性が分からないと聞こえてきた。が、題名がなぜ「沈み行くジャガタラ芋」だったのか、問うのは馬鹿げている。それは明々白々であるからである。これは、私達が目にしていたのはまさに「沈み行くジャガタラ芋」そのものだったからである。それを問うてはならない。

その五)バッタのタンゴの時に、全員が萎びたジャガイモを掌に載せて、それを頭に押し頂いていたが、飛田の言わんとしていたことはこれだったのだ。

 

など、様々な解釈がなされた。女房殿に「アンケート、結構凄いこと書いてくれていますねぇ。」と言うと、「言論の自由は保障されていますからね。でもね、本当はやっていた方は何も考えていませんでしたよ。少なくとも玉川シスターズと私は。ぬらりひょんは、分かりませんけどね。「頭の好い人」と言うのは、理屈をつけて納得するのが得意のようですね。」と笑っている。「確かに。理由のない処、理屈のないところに理由や理屈を発見することが最も人間的な行為、能力であるかもしれませんね。」と私。

 *写真は今回の小説のために昨日描いたポスター。
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空飛ぶバイダルカ 続き [短編小説]

2010515日(土)空飛ぶバイダルカ 続き  バイダルカ野郎は彼のご自慢のバイダルカの構造について、語り続けた。誰かが聞いた。「上がるのは、上昇してゆくのはまだ好いとして、地上に降りてくるのはどういう仕組みなんです?」バイダルカは残念そうに言った。「俺は基本的に、物を消費だけするのは気が向かないんだ。皆、ご存知と思うが。使い切ったら何も残らないものには、未来が見えないからさ。再利用、再生できないものは、基本的には使わない主義さ。まぁ、しかし、この飛行バイダルカは、どうにもしようが無い。残念だが。俺は、浮石の小石をいくつも持っているんだ。これも、浮揚のための力として利用しているのだ。上昇する時にはバイダルカの両脇についているバラストタンクの水を少しずつ抜いてゆけば、バイダルカは浮かんでゆくのさ。反対に下降する時には、浮遊力として使っていた小石を開放してやるのさ。あぁ、もったいない!そうすれば、自由になった浮石はどんどん上昇してゆく。勿論、一定の高度に到達した段階で静止するのではあるが。反対に揚力の減少したバイダルカは重さを持ち、下降し始めるのだ。すべて、非常にゆっくりとした速度で行う。そうしなければ、墜落の危険もあるので、この俺だって、基本的にはかなり慎重にやるわけさ。」私は尋ねる。「その機動性の低さは、かなり、熱気球に近いものがありますね。」「いいや、何を仰る!熱気球と一緒にしてもらっては困る。あんな風に、ただ空中に浮いているのとは訳が違う。遥かに機動力があるのさ。」「でも、風の方向や、風力、天候などに大きく左右されるでしょう?」と私。「勿論、影響を受けぬはずがないではないか。大切なのは、それを上回る操縦性の有無さ。俺のバイダルカにはそれがあるのさ。」会長が悪戯っぽく言う。「機動力って、それ、プロペラを使うんじゃないのですか?」「プロペラ?!」とまるで馬鹿にしたようにバイダルカは言う。「プロペラ?そりゃぁ、便利でしょうよ。合理的だし、現実的だし。俺だって、困ったら使っちゃうだろうね。しかしながら、俺は、基本的には、どれだけ自分が原始的でありうるのか試すのが好きなのよ。原始性、自立、独立に拘泥する訳ね。」「中途半端な原始性ですね。縄文時代の生活体験みたいに。」と誰かが茶茶をいれる。「人間ってぇ生き物はさ、妥協しながら生きる生き物なのよ。」と甚だ口惜しそうにして、顔を顰めている。「でもね、この俺も、結構研究した訳だ。熱気球や気球から脱却できるような、バイダルカを目指してね。俺のバイダルカは、飛行船くらいの操縦性、機動力はあると思うぜ。この特殊な櫂を使うわけだが。これにはかなりの訓練が必要なんだ。世の中には、道具を作る人と、それを使う人間とがいる訳だが、俺なんかは、道具は使う側の人間のような気がするね。」unidentified hot air balloon.JPG会長「で、高度はどの位までに達したことがあるんです?」「嬉しい質問ですね。熱気球は、俺の知る限り、現在2万メートル以上の高度に達しているそうだけれど、俺のバイダルカは千メートル位。高度計は一応持っていますぜ。まあ、俺の場合、高度ではなく、どれだけ素早く移動できるか、高度を変えられるかが大事な訳だけれども。俺は、通算で百時間以上は操縦のための訓練をしたのではないかな。面白い体験があるんだけれど、ある日、海岸に近い場所で飛行練習をしていたら、海抜八百メートルほどのところに、面白い形の熱気球が浮いていたんだ。丸っこい魚の形をした奴で、ゴンドラも球皮に囲まれていて、その形が魚なんだ。あだかも、金属で作られた魚、こういうのを金魚と言ってもいいのかも知れないけれど。丸窓の周りには文字が書いてあるんだ、ローマ字でKANESAKANAってね。近付いて見ると、丸窓から水中眼鏡を掛けた男が、俺の方を向いて手を振っているではないか。ゴンドラの中でアクアラングに水中眼鏡だよ。誰じゃろう、と思った。が、直ぐに思い出した。スキューバダイビングをして、面白い魚や甲殻類などの記事を書いている人物だった。俺も、元気に手を振ったさ。こういう場所での出会いは、特別の感情を喚起せずにはおかんね。仮令相手が、婆さんだったとしても、俺は恋してしまいそうに嬉しいね。生きるもののいない宇宙空間で触覚を動かしてかさこそ動くゴキブリに出会ったくらい、嬉しいかもしれないな。幸いに、向こうは男だったので、俺も浮気せずに済んだ。そんなことになった日には、地上では熱気球のバーナーのようにカミさんが妬いてくれるだろう。人間至る処青山あり、マドロスは世界の港に花嫁あり、そして空飛ぶバイダルカ野郎には、世界の空に恋人ありってか?」kanesakana-maru.JPG「あれっ?!独身じゃぁなかったっけ?」と誰かが言う。「妬いてくれる恋女房の欲しきかな。」とバイダルカ野郎。
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