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干物芸術 [栗の里の愉快な女房]

 私は結婚しようかどうか迷っている若い人には、結婚は価値観を倍に広げることができるのでした方が得だと話すことにしている。自分と異なる人生を送ってきた人間と一緒になると、どんなに考え方や好みが近くても、時々意見は異なることもあるので衝突や摩擦が生じる。自分だけが正しいと言う考えが否定されることもあり心底腹が立つものなんだよ、でもね、それが良いのだよ、と偉そうに言いつつ、最近では自分達が似た者夫婦でよかったと思っている。
 私達は二人とも貧乏性である。だから、野菜や果物を買ってきた時も、少し残しておいて又使おうなどとケチな了見を抱く。そして夫婦揃って栗鼠のような忘れん坊だから、ついついこっそり隠しておいた団栗のことを忘れてしまうことがある。勿論そんな忘れ物ばかりではなく、意図的に保存することもある。玉蜀黍の髭なども私が新聞紙に広げて日向に乾していると、女房殿は嬉しそうに見ている。彼女もこのような髭は勿体無くて捨てられない。乾燥させれば、後で何か面白い物が作れるだろうと考えるのだ。
 
 偶然は常に師匠であり先生であり啓示でもある。
 
 女房殿が使うだろうと思って放っておいた大根の半分が、いつの間にか台所の片隅で乾燥し劇痩しているのを見つける。
私は言う。「自力でなかなか好い形になりましたねぇ。なんだかジュゼッペ・アルチンボルトの野菜の肖像画を思い出しますねぇ。」
私は干からびた大根を笊から取り出して、垂直にしたり水平にしたりする。
「何もしていないのに、自然にグラデーションを作り出し、細密な襞を生み出している。美しい。」
女房殿「確かに。しかし、まだまだ微妙な皺が不足していますな。色彩的な深みも、幾分。」
「では、もう暫く様子を見るとしますか。」と元に戻す。頷く女房殿。

 数週間経ってから、同様の会話が再びなされる。
「どうでしょう。大分熟成して来た感がありますな。見方によっては、天人五衰。」
「風化して来たこの様は、天人五衰?あぁ、気持ち悪い。そんなんではなくって、ドライフラワー。乾燥は進化であり、美化なのですよう!水分を発散させ、身体を絞ってゆく、そこに美学があるんじゃないの。」
「はいはい。さてさて、では、もう少し熟成させますかな。」
「それがようござんしょう。」
と言うことで、再び笊の上に戻される。

20140706.JPG 我が家にはこのようにして出来上がったオブジェがいくつもある。キャベツの芯で作った人形もあれば、文字を刻まれていないすっかり固まった薩摩芋の芋判がある。オブジェになる前に残念ながら庭の肥やしになった野菜たちも多い。
 この度は『本草綱目』の挿絵のようにオブジェを並べ写真に収めた。これは勿論一部である。捥ぎ取られた後のバナナの柄、筍の皮、大根、牛蒡、キャベツの芯。黒々としたバナナの皮の形は、インドネシアの影絵を思い出させる、或いはナルニア国物語のタシの神を。キャベツの芯は幼稚な形をした咆える恐竜の首だ。大根の尻尾と合わせて恐竜の戦いの図を作ることも考えたりもしたのだ。あぁ、カビてしまった人参もあったなぁ。気付くのが遅すぎた。
 これらは私を刺激して已まない。想像力を掻き立ててくれる。そして、私が何かを作ると、女房殿がちょっと口惜しそうに言うのだ。「楽しそう。あぁ、能天気で羨ましい。」
 
 私達は、似た者夫婦なので、木屑やら鉄屑やら骨董品やら路上芸術品やら苔やら石ころを見ては、こんな会話を続けることになるだろう。


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恐るべきパイナップルマンと鳥山コケ子 [栗の里の愉快な女房]

 『パイナップルパンと鳥山コケ子』
 DSCN2112.JPG不謹慎ではあるが、私たちはテレビのニュースなどを見ていて、本来の話題に関係のないところで二人で盛り上がってしまうことがしばしばある。政治家やら殺人犯の写真やらが出たりすると、ニュースの話題ではなくその写真が与える印象だけが一人歩きを始めてしまう。
 先日も、ある男の写真が映り、アナウンサーがしかつめらしく原稿を読んでいるうちに、テレビのこちら側では話が明後日の方向へ進み始めた。
「そもそも、彼があのような蛮行に走ったのも、誰もパイナップルマンの気持ちが分からないからアルヨ。」と私は言った。写真の男の髪型がパイナップルを連想させたのである。
「そう、パイナップルマンがパイナップル畑にいる孤独を、世の中の皆の者よ、考えたことアルカ?」と女房殿が応じる。
私「パイナップルだらけのパイナップル畑。うんざりするほど沢山のパイナップル。あぁ、しかし、そこにはパイナップル畑の孤独があり、寂寥がある。」
女房「そして俺が松パインと呼ばれる時のあの疎外感。」
私「林檎、アップルと呼ばれる時の」
女房「あの幸福感。」
私「この二つの名前を背中に背負った人生の苦しみ。それは松ぼっくりの仮面を被ったイエスが、マウナ・ケア山頂目がけて受難の道を行く」
女房「道を行く苦しみ。」
私「鞄語、portmanteauのように、二つの意味が、一つの言葉に押し込められている。しかし、松は松であることを主張して已めない。」
女房「林檎は林檎であることを主張して已めない。」
私「二つの意味を俺個人が背負わされる苦悩、それを誰も理解してくれない。否、分かろうとしない。」
女房「それに比べて、中味の何という爽やかさ。甘酸っぱさ!初恋の甘さ。」
私「老いらくの恋の渋味、苦味。それはさて置き、この相克する厳めしさと爽快さが、俺と言う存在をして不可知なる存在たらしめる。」
女房「嗚呼!不可知のトンカチ!パイナップルマンの悲劇!」
私「おぉ、おぉ、パイナ~~~」
女房「プルマン!」
「パイナーーーーーーーーーーーー~」
「プルマン!」
「パイナ、パイナ、パイナ、パイナ!」
「プルマン、プルマン、プルマン、プルプル!」
この間もニュースは粛然とアナウンサーによって読み続けられているのである。

DSCN2113.JPGこの日から、将来夫婦漫才をする時の私の芸名はパイナップルマン男爵となった。女房殿は以前のまま鳥山コケ子である。


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『泣き女はつらいよ』の巻 [栗の里の愉快な女房]

 栗の里の愉快な女房殿も、体調が悪いとなかなかお気楽な楽しい会話ができなくなってしまう。随分長いこと不平不満をブイブイ言わせている悲しい時期が長かったが、このところやっと本来の明るさが戻り、彼女の亭主も少し安心したところである。この状態がずっと続いて欲しいものである。
 愉快な女房殿は女優である。だから、いろんなことを稽古して身につけて、まさかの役に備えている。スポーツジムへ行って脂肪を落としたり、腹筋を付けたり。風呂に入りながら或いは寝る前も、これはと思う映画をDVDで見る。ピアノの練習も結構熱心である。最近は殆どやらないがバイオリンだって時々練習する。尤も、バイオリンはコントの効果音として使う水準でしかないが。それでも、これはなかなか感心なことである。
DSCN2111.JPG 彼女が自分の出ている映画チラシを監督から貰ったのでそれを見ながらふと言う。「考えてみると、泣かなくっちゃならない時、割とあたしに出演依頼がくるのよねぇ。今回もそうだったけど、別の時もね。あたしさぁ、本気で泣いちゃうから。ところがね、あの映画の主役していた若い女の子がどうしても泣けないって言うのよ。何しろ気が強くって、悔し泣きしかしないっていうんだから。演技指導が難しいのよぅ。競争で負けない限り、強情で泣きゃぁしないのよ。自分が満足している限り、彼女を泣かせることはできなそうよ。」
「何?凄い子だねぇ。でもさ、昔の中国や朝鮮の哭き女でもあるまいし、僕も泣けないな、きっと。孟子なんか、子供の頃哭き女の真似をしたんで、孟母に引越しされて泣きまねができなくなっちゃたじゃない。もし、引っ越さなかったら、孟子も結構演技派になれたかも知れませんね。とにかく、演技で泣くなんて、僕には結構難しいと思う。」
「ちみちみ、ミーなんかは実に泣くのが上手いのよ。一寸悲しいこと想像しちゃうと、いくらでも泣けちゃうの。何しろ、子供時代から不遇で、暗い人生街道歩いて来たから、それ思い出せばいくらでも泣けちゃうの。」
「嘘つけ!そんなに暗い人生街道歩いていないと思う。君は本来はとっても明るい人だと思うぜ。」
「最近なんか、あたし達観しちゃって、演技でなけりゃ泣くことが少なくなったと思うなぁ。若い時に比べると、少しくらいのことで動じないようになってきているし。年取ると、一寸位のことで泣いたりしているのが馬鹿馬鹿しく見えるのよ。人生の酸いも甘いも分かってくると、下らないことで泣いている自分がみっともなく思えるのよ。やっぱりもう年かしら。」
「僕なんか、年取って随分涙もろくなってきちゃったと思う。結婚式なんかどうでもいいと思っているのに、花嫁が両親に送る手紙読むとこ、だめだね、ありゃぁ。泣く必要ないことは断然分かってるのに、姪っ子の策略に引っかかって、と言うか乗っかって、もらい泣きしちゃう。なんだ、あれ。あの手紙って、大したこと言ってなくってもぐっときちゃう。あれさ、昼日中、外で読んだら、感動するかなぁ。」笑いながら私がそういうと、女房殿もう目が赤くなって涙ぐんでいる。
「あれっ!達観して泣けなくなったんじゃぁないの?」
「だめ、だめ。これは例外ね、きっと。**ちゃんの結婚式思い出しちゃった。ウエディングドレス着た姿思い出すだけで、涙が出ちゃうの。」
 
 斯様に、女房殿はすぐに感情移入してしまう。そのため人の感情を素早く察知することもできるが、傷つきやすいのである。

※今日の絵は、ピカソの『泣く女』風にしようかとも思ったが、ピカソは浮気者ゆえ、あの泣く女の哀れな状況を思うと、やはり止める事にした。そして、結局は赤ん坊の泣いている顔の写真を見ながら描いた。
 泣く女の写真を探したら、いくつかの若い女性の泣き顔があった。しかし、どれも下手な作り泣きで、不採用。子供のお芝居のような仕草。やはり、こんなのを見比べると、女房殿はなかなか演技派である。


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栗の里の愉快な女房 - 鶏になった女房 [栗の里の愉快な女房]

栗の里の愉快な女房 雌鶏になる     2012/7/8   日曜日

 

 もう二週間ばかり前、デイヴィッド・ガーネットの岩波文庫『狐になった奥様』を買い、読んだ。自分の上品な妻が狐に変身し、やがて、自分を覚えていてはくれているが、野生の狐になってしまう。夫の雌狐への愛が悲しく美しい。最初は、カフカの『変身』のような作品なのかと思っていたが、物語の展開は全く異なったものであった。この作品が発表されたのは一九二二年で、その六年前に『変身』が書かれている。十九世紀の世紀末、二十世紀の初頭、生存の不安と科学技術・知識などに対する期待とが入り混じっていたように感じる。ジュール・ヴェルヌが『海底二万マイル』『八十日間世界一周』を書き、H.G.ウェルズが『タイムマシン』『モロー博士の島』『宇宙戦争』を書いた。この『狐になった奥様』もそうした、自由な発想に突き動かされたのではないか。世の中には不思議なことがある訳で、妻が狐になることだって、それほど不思議ではない、よくある話かもしれない、と私は思った。なんとなれば、人間と言う生き物は、結果が生じるまで、結果を断言すること、確実に言い切ることは出来ないからである。結果に対して、理由付けをすることは可能であるが、その理由付けも「現時点で」と言う但し書きが大抵は必要である。

   *     *     *     *     *     *

 前日の金曜日、残業をして最終電車で帰宅した私は、ぐっすりと眠り込んだ。それでも、暫くするとビルの屋上から屋上へ飛び移ったり、巨大な体育館のようながらんどうの建物の天井から、剥き出しのスレートと赤錆の出た鉄枠で作られた壁を、剥がれ落ちる錆で滑り落ちそうになりながら降りてゆく。どうしこんな面倒な状況をわざわざ自分に課してしまうのか分からないが、これは現実ではなく夢であり、こういう夢を見る時は体調が好くないのだ、どの部分の調子が悪いのだろう、胃か、腸か、或いは心臓か、などと冷静を装って分析している自分に気付き目が覚める。

 a stray hen.JPG太陽は真南である。つまり、言うまでもなく昼である。すっかり寝坊をした私は起き上がって洗面所へ行く。と、鏡の前に白色レグホンがいる。盛んに、自分の頭の鶏冠の手入れをしている。あんなものは右に倒れていようが左に倒れていようがどうでもよいではないか。それが存外気になるようである。私が妙な顔、狐につままれたような顔をしていると、「あたしよ、あたし!コケッ!」と言って振り返る。女房殿が得意の腹話術を使って悪戯をしているのだ。腹話術と言えば、去年、布団を使ってやってみせてくれたことがある。前世で私が振ったために入水したと言うおつうがやって来たと言う設定である。仮定の話しであるにも拘らず、布団は無気味に水のしたたる生物のように動くし、恨みの台詞がまるで本物のようで、私は背筋がぞくぞくし、自分の前世を反省しそうになった。本気で後悔し懺悔してもいいと言う気分になった。そして、無気味だからやめるようにと懇願したら、笑いながら止めてくれた。女房殿の特技には他にはパントマイムもあるの。何年か前に、空間の固定はこうやるのだ、と言って、見えない座敷牢に入っていった。入った途端形相が変わり、出せ、出せ、と言って檻の柱を鷲掴みにして大暴れする。近所に声が聞こえるといけないので止めて貰った。斯様に人騒がせな人なのである。それを楽しみにしている、ちょいワルの女優なのである。

 この雌鶏が鏡の前からどこうとしないので、私は風呂場へ移動して洗顔することにした。この雌鶏を床に降ろしでもしたら、小道具に手を触れるな、と言って怒られることを避けるためである。

 顔を洗った後、玄関に新聞を取りに行き、その後お湯を沸かす。最近は特に好きでもなくなった紅茶を飲むためである。あぁ、紅茶である。ただの水の方が美味しいと感じる時が多いのだが、つい、昔からの習慣でお湯を沸かしてしまうのである。

一通り新聞に目を通すと、朝食を作ることにする。我が家では、週末は食べたい者が食事を作ると言う不文律が出来上がっている。私がこのところ一寸だけ凝っているのは、インスタントラーメン「栗の里スペシャル」である。インスタントラーメンに具や香辛料をあれこれ入れて「旨いラーメン」に変身させることである。具や香辛料の使用前、使用後では味は雲泥の差がつく。この味の差を極大にすることが、こと料理については無上の喜びなのである。と言いつつ、生麺を買ってきて、出汁も作ると言うほどの真剣さもない、中途半端な一所懸命さ。何だか、自分の生き方のように思われてきて、不愉快に成ってきた!けっ!しかし、案山子、中途半端と言って侮るなかれ。中途半端も奥が深く、真剣に中途半端を貫く、「中途半端道」なるものだってあるのだ、そう信じることにした。

モヤシ、人参、キャベツ、大蒜、青梗菜を油で炒めたものを用意しておく。インスタントラーメンは湯の中に入れ麺をほぐし、粉末の出しを入れ、そこに干し海老、ワカメを入れ、丼に移す。そして炒め物を乗せ、コーンを載せ、胡椒を振りかける。

この出来上がった熱々の特製ラーメンいり丼を、火傷しないようにお盆に載せる。大切な汁を零さないように慎重にゆっくりと歩いて、食卓へ運ぶ。ふうふうしながら食べ始めた時だった。横から突然、嘴が私が箸で引き上げた麺をつつく。チッチチチチ、チッチチチチ、コケッ!と言っている。「熱い、熱い。」と言っているのは好く分かるが、大切な朝食を奪おうとする不届き者に対して黙っているわけにもゆかず「こらっ!何をする!無礼者!」と私。「コケッ?!」と鶏。「人が食べているラーメンに何をするんだ!こいつめ!」雌鶏は如何にも残念そうに「ケーッココ、コーコッコ!」と言う。(そんなに冷たいことを言うんだったら、もういいよ。)私は慌てて言う。「そんなことは言っちゃいないさ。ただ、僕が食べているラーメンを横取りするこたぁないだろう、そういう意味さ。」雌鶏納得顔。「じゃぁ分けてやるからさ、待ってて。」と私は食器棚までゆき、可愛らしい人参と卵の柄のついた鉢を取ってくる。そこにラーメンを少し取って入れる。それを見て雌鶏が不満そうな顔をしているので、ははん、汁も欲しいのだな、と気付いて、散り蓮華で汁を掬い取り分ける。雌鶏もやっと満足そうな顔をしている。と思いきや、私が作業を終了するや否や、彼女は嘴を鉢の中に突っ込んで、食事開始である。不幸なことに、あの鶏の嘴と言うのは、穀物や蚯蚓や芋虫やらをつつくのには適していても、麺のような細長きものに対しては、至って不都合に出来ている。ヘビクイワシなど、よくぞあれだけの細長きものを食料にしているものと感心する。尤も、猛禽たちはつついて食べるのではなく、引き裂いたり、千切ったりして食べるので、感心することもないか。嘴という食器は、種々雑多な形状があり、その餌が鳥同志で出来るだけ重複しないようになっているのだから。

雌鶏は鉢の中から麺を取り出しては、食卓の上でつつき回して細切れにして、破片を飲み込んでいる。あんな食べ方で、味わっていると言えるのか、と言う想いが頭を過ぎる。彼女は彼女で、上手く食べられないので鶏冠に来ているようであった。「あぁ、あぁ、こんなに食い散らかして。」と言うと「コーーーーーッココ!」と口惜しそうに言う。「そうだ、折角だから汁を飲めば?」と提案すると金色の眼を輝かせて、水飲み鳥のような恰好で、飲み始める。如何にも鶏らしく、人間が嗽をする姿勢である。汁が熱いので少し辛そうではあるが、それでもとっても旨そうである。私はこの姿を見て安心した。

朝食が終わると片づけを始めた。鶏が食事作法などご存知ないことは百も承知だが、それでも流石に食い散らかされた鉢を見ると改めて呆然とした。鶏にも小笠原流の作法とは言わないが、何か条件反射的な作法もどきのものを躾けるのも一興かと思う。これだけの飛び散り方なので、アクション・ペインティング方式で描いたジャクソン・ポロックも前世はやはり鶏だったのだろうと思う。塵取りと箒で床に落ちたラーメンや野菜やらの破片を取り、テラスへ放り投げておく。こうすれば四十雀やら雀が飛んできて綺麗に片付けてくれるからだ。

食後、久々に映画でも観ようと思い、DVDを出してきて木下恵介監督の『お嬢さん乾杯!』を見始める。この映画は既に五回以上も見ているので、物語はよく分かっているし、台詞だって所々諳んじているくらいだ。ソファに坐ってニヤニヤして見ていたのだが、鶏も私の隣に坐って眺めている。「分かるのかね?」と言うと、まるで馬鹿にしたように「コーケッコックル!」(そりゃ、こっちの台詞!)と言う。そうか、鶏でも分かるのか、この映画は。木下恵介は大したものだ。私が笑うと、彼女もケーコッコ、ケーコッコと笑う。可愛い奴である。

見終わると少し目が疲れてきたので、散歩に行くことにする。私が玄関の扉を閉めようとすると、雌鶏も羽をばたつかせながら慌てて飛び出してくる。はは~ん、こいつ私に付いて来ようと言う了見だな、と思い「出発進行!」と叫ぶ。「コケコッコーーーー!」(Aye, aye, sir!

近所には雑木林があるので、そこまで急ぎ足でゆく。雌鶏は地面を歩いているのだが、私に引き離されると、羽を使って距離を稼ぐのである。「汚いぞ!脚を使え脚を!」と注文をつけると「コケルコケーケヶコッ」(脚短いんだもん)と言う。

雑木林に入ると、私たちはゆっくりと植物を見ながら、野鳥の囀りを聞きながら歩く。とても寛ぐ空間があった。ちょっとした草原で、日光が当たり明るい楕円形の空間である。こんなところで夕方から、人形芝居でも上演したら楽しいかもしれないと思う。私が乾いた草の上に坐っていると、奴さんは土が湿った所へ行って、蚯蚓やら昆虫などを穿り出している。どれだけの収穫があったのかは知らないが。とにかくせわしなく動き回っている。適度な空腹状態にある餌探しは遊びの要素を持っているようだ。鶏ながらまるで子供が楽しそうに遊んでいる姿が重なって見えるのが不思議だ。

暫く遊んでいるのを眺めていたら、体が少し冷えてきたので、隣の町まで足を伸ばし、酒の肴でも買って来ようと思い立ち上がる。鶏は後ろ鶏冠を引かれるかのように、残念そうな顔をして私を見上げる。(もっと遊んでいたいのに!)

それでも私が雑木林の中の小径を歩き始めると急いで付いてくる。坂道を下り、私が少し早足になると、羽を使って飛び上がり先回りして待っている。なかなか隅に置けない。

アスファルト道を歩き始めると、やはり鶏は長距離と歩くのに慣れていないために、お疲れのご様子である。「おい、あんまり遅いとおいてっちゃうぞ!」と言うとケーッコ!(馬鹿!)と叫ぶや飛び上がり、私の肩に止まる。狡い作戦だが、弱き者ゆえ、仕方ない。

こんな調子で、結構楽しい時間を雌鶏と土曜日に過ごしたのであるが、日曜日には雌鶏はどこかへ行ってしまっていた。女房殿に「昨日の雌鶏どうしたの?」と尋ねると「なんのこと?雌鶏?」と怪訝な顔つき。「昨日、家に来た雌鶏、白色レグホンのことさ。」

「あなたは、鶏すきだからね。ふふふ。」と笑っている。

「鶏って、恩知らずだし。道に迷って帰ってこられなくなっちゃったんじゃないの?」

 

不思議な週末の体験であった。

 ※ココの写真にある白色レグホンは是非、記憶にとどめておいて頂ければと思います。その内にYouTube作品に登場致します。


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中年アトムの歌 [栗の里の愉快な女房]

 先日、栗の里の愉快な女房殿に言われた。「あっ!中年アトムだ。」思い出してみれば、少しも運動らしい運動をしないので、昔多少力自慢だったにも拘らず、筋力もすっかり落ちてしまっている。
 しかし、そんなことでめげているわけにもゆかんぞ。見返してやる、とばかりに、あれこれ考えて書いたのが『中年アトム』の歌詞。そして、かなり酷評だった中年アトムの図。
 忙しい忙しい、と心は逸るものの、その実、気分転換ばかりしている自分である。
 
 Mr Atom.JPG中年アトムの歌詞は下記の通り。

腹まわり 
ららら
尻まわり
そうだ、アトム、
油断をするな
ららら
えねるぎいは
ららら
麦酒とおつまみ
中年馬力(ぱりき)だ
中年アトム

http://www.youtube.com/watch?v=I2btYv8GaXk


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栗の里の愉快な女房 - 知らぬは一時の恥、知っているつもりは一生の恥 [栗の里の愉快な女房]

1997-12-10 no.1.JPG栗の里の愉快な女房-知らぬは一時の恥、知ったつもりは一生の恥

2010-8-1 日曜日

 

 OD線沿線には金持ちの坊ちゃんお嬢ちゃんの通うT大学附属小学校、中学校がある。ある日電車で移動している時に、小癪にさわる会話が一度聞こえて来た。それは小遣い銭の自慢話を小学校低学年の生徒たちがしているのである。

「君のうちはいくらお小遣いを貰っているの?」

「僕のうちはですね、××円ですよ。」

「ほほう、結構頂いているのですねぇ。僕のうちは××円ですよ。」

「ちぇっ、負けましたね。」

「僕のうちはですね、××円くれていますよ。」

他の二人が驚いた様子。もっと驚いているのはこの会話を聞いていた私である。子供の頃自由に使える小遣いなど、まず殆ど貰ったことがなかった。貰っていた兄弟にしても、とてもこの小学校低学年の生徒の貰っていた金額とは比べ物にならない。お祭に遊びに行っても、少しばかりの小遣いでは殆ど何も買えないのだった。

 

 私は女房殿にこの話しをしてみた。

「それは親が悪い。自分の稼いだお金でもないのに、恰も自分の物のように語るのはね。」

「そうでがしょう?」

女房殿は言いたいことが貯まっているようで、直ぐに話題を転じてしまった。

「それも面白いけどさ、もっと面白いことが今日あったのよ。」

「何でござる?」

「近所に麦畑あるでしょう。」

「あぁ、私の大好きな麦畑ね。あの麦たちがゴシック様式の教会のように、天に向かって穎を伸ばしている場所ね。」

「今日買い物に行って戻ってくる時、下校するTK中学校の生徒達と行き逢ったの。その中の一人のとても賢そうな少年がね『あんなにエノコログサを植えて、一体全体どうしようと言う魂胆なのでしょうね?』って同級生に言うの。同級生が『へぇ、あれってエノコログサって言うの?君、よく知っているね。』と感心して言うの。そうしたら『別段、大した知識ではありませんよ。僕にとっては常識程度のものですよ。』とさも自慢そうに言い放つではありませんか。」

「無知は恐ろしいねぇ。」

「恐ろしいわねぇ。私ね、彼らの前で噴出しそうになっちゃった。必死で堪えながら帰ってきたのよ。」と思い出し笑い。私も釣られる。

「他人事だから笑っていられるけれど、自分でも似たようなことをしていないか、ちょっと心配になったわ!」

「確かに、人の一寸我が一尺ですからね。」

「あの子は一体どのような状況になったら、あの子のエノコログサが麦だったって分かるのかしら?分かった時、どんな反応するのかしら?」

「そうですね。自分が正しいと信じていたものが間違っていたと認識した時、人は自分自身が否定されたように感じることもありますからね。

偉そうなことを言っておりますが、私だって、小麦、大麦、ライ麦、裸麦の正確な区別はできませんからね。名前を知っているだけで、これは知っていることにはなりませんからね。人のふり見て我がふり直せ。あぁ、気をつけよう。」

 

小学校の時、私の担任の先生が「最近の子供達は稲を見たことがないそうだよ。君たちは大丈夫かな?だから遠足で田圃を通りかかった時に、『先生この雑草は何と言う名前ですか?』と聞いたそうだ。食べているお米のことを知らないんだよ。君たち、驚かないのかな?」と言って呆れていたのを思い出す。私は稲のことは水稲も陸稲も知っていたが、世田谷区の同級生たちで知らない子がいても不思議はないと思った。一度理科の時間のために「誰かツユクサを持って来てくれるかな?」と問いかけたが皆ツユクサがどのような草か知らないと言った。ツユクサなら畑では雑草として嫌われているので、私は好く知っている。手を挙げて「僕、持ってきます。」と言ったことがある。尤も、そう言ったのはよかったが、当日電車に乗る少し前に思い出して、焦って線路際を探して見つけ出してランドセルに放り込んで持って行ったのだった。

(*今回の絵は、カイゼル髭の猫、That's itと指さしている鳥と同じ大学ノートに描いてあるもの。どんぐりの背比べの印象が、今回の文書に相応しいかもしれないと思い掲載。)


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栗の里の愉快な女房-メンドリは一週間以内に片付けろ! [栗の里の愉快な女房]

栗の里の愉快な女房  メンドリは一週間以内に片付けろ 2010-7-24 土曜日 

 スローガンと言うものがある。「万国の労働者よ、団結せよ」とか「ノーモア広島、ノーモア長崎」「自由、博愛、平等」などである。行動規範として学校の入り口に教育理念を額に入れてあったり、工場の壁に社是が貼ってあることもある。世の中には家訓のある由緒正しき家だってある。

 

さて、ある晩私が帰宅すると家のあちこちに、貼紙がしてある。何事かと思い見てみると、広告の裏紙に短い文句を書いて、セロテープで止めてある。

「こりゃなんじゃい?何をおっぱじめようと言う魂胆ですか?」と私が尋ねる。

「あぁ、これですか。これはですね、ミーの行動目標ざんす。人生、何か、こう、目標を持って生活していないと、時間に流されてしまうこともあるでしょう。」とちょっと自慢そうに女房殿。

「例えば、この『生きてるだけで丸儲け』なんかもそうなの?」

「言うまでもないことだけど、そう思って生きれば、人生有意義に感じられますもんね。」とさも得意そうに言う。

「そりゃぁ、確かに、死んでしまってはお仕舞いだから、病気でも命があれば、丸儲けと考えるべきかもしれないね。でも、酷い激痛に苛まれていても、或いはとんでもないノルマを与えられて日々苦しんでいても、やっぱり丸儲けなのかねぇ?」

「そう硬いことを仰っちゃぁお仕舞いよ。硬い硬い。もっと柔軟な思考をしなけりゃ。豆腐や蒟蒻のように柔らかきオツムをもたなけりゃ。」

「でもね、『三日坊主でもいい!』これってどうでしょうねぇ?経験の有無という考え方からすれば、やらないよりは三日坊主でもやった方が経験にはなりますがね・・」

「どうもユーは硬くっていけないのココロ。」

テレビの横に貼ってある紙が目に入った。なんとも奇妙な文句である。

1997-12-10 no.2.JPG「何、これ。『メンドリは一週間以内に片付けろ!』って?」えっ?と妻は言ってその文字を眺めて、大笑いをしながらこう言った。「『めんどうなことは一週間以内に片付けろ!』って書いてあるじゃない。」

そう言われてみればそうで、これは私の早とちりであった。彼女が森崎東監督の『ニワトリはハダシだ!』と言う題の映画が大好きだったので、その題名の響きが私の頭にメンドリとして残っていたのである。「これは如何にもあなたらしい行動目標ですね。」「余計なお世話じゃ!」

 

 実はこの貼紙方式を私は中学校時代から実践していた。壁に鉛筆で覚えなければいけない漢字などを書いておいたものである。大学時代にも中国の地図を写し取って省名を記入して壁に貼っておいたりした。大人になってからも、お気に入りの俳句や和歌を書き抜いて本棚に貼っておいたり、厠の扉に『五観の偈』『六然』『大愚良寛の教え抜粋』などを書き抜いて貼ったりしている。「一つには功の多少を計り彼の来処を量る。二には己が徳行の全欠を忖つて供に応ず。」「自処超然、人処藹然、有事斬然」「人のもの言ひ切らぬうちにもの言ふ、言葉の多き、よく心得ぬことを人にをしへる」などである。別段毎日読んでいる訳でもないが、たまに読んで、立派な人物は人生の達人であるなぁと自分への戒めとしている。この神聖な厠の扉にはなんとこんな紙が貼られてしまった。『一日一便』。確かに簡潔明瞭ではあるが、このような名文句を貼られては、私の好きな名句たちも霞んでしまうではないか。


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栗の里の愉快な女房 - 妄想力競演 [栗の里の愉快な女房]

栗の里の愉快な女房-妄想力競演 2010717日土曜日 

nodai setagaya campus1.JPG 今週の水曜日、酷い偏頭痛が始まった。偏頭痛は自分が生きているという事をまざまざと知らしめてくれる痛みである。頭の一箇所が間歇的に焼き鏝でも当てられるような痛みに襲われる。思考力は一遍に彷徨を始める。何を考え始めていたかを忘れてしまうほどである。私はこの痛みを二十二年前に一度経験している。あの時顔面が歪んでしまうので仕事にならず、一週間休みを取った。牽引をしてもらったりしたが、原因を尋ねた私に対して、I..病院の院長が「病気には原因の分からないもだっていくらでもあるんだよ。」と説明してくれた。なんだかそれを聞いたら、そんなものかと諦めもつき、そうこうしている内に徐々に痛みは霧が晴れるように消えて行った。

 木曜日には用事で東京農業大学の世田谷キャンパスに行った。帰りに校庭の長椅子に腰掛けていた。私の大好きな場所である。大きなメタセコイアと欅とユリノキが何本も立っていてまるで何億年も前の風景の中に居るような錯覚をすることがある。他にも大きなヒマラヤスギやスズカケの木もある。

 不思議なことが起きた。あれほど痛かった偏頭痛が驚くほど和らいでいるのである。あの樹木で作られた大きな空間と空気の御蔭だろうか。

私は痛みからの解放感に酔いしれて、ついこの緑の空間の夜を想像していた。「ワルプルギスの夜」ではなく、それは東京農大の七不思議の一つ「世田谷キャンパスの夜」である。それはこのような話である。

 

丑の時になると、その祭が始まるのである。羊歯や苔たちが集まってきて波打ち踊りをするのである、あたかもそよ風に靡くかのように、交響詩「海」のように静かに厳かに。やがてそれが高潮に達すると、大学のいたるところにいる面々が我慢できずに飛んで来る。品種改良された農大山田一号や練馬太郎と言う大根、肥前三号とか岩代次郎、浦島花子と言う椎茸たち、ジャガイモのバーバンク帝王、稲の農林一号、亀の尾十三号だって黙ってはいない。醸造科学科の酵母たちだって、興奮してぶくぶく言っている。樽に乗っていざ出陣である。そして、最早ここは大学のキャンパスではなく、大きなbig-topの中である。品評会場である。メタセコイアが枝を震わし始めると、負けじとユリノキの梢が「誰も寝てはならぬ」とテナーを披露する。欅の大木だって寝てはいない。太い幹を振ってフラダンスだ。どこもかしこも、自己主張ばかりする輩に満ちている。これぞ日本の祭である。この祭も酣になったころ、研究室で相変わらずどぶろくの研究に余念の無い鮭野耕治教授が特注の丸底フラスコにたっぷりとどぶろくを入れて、千鳥足で登場する。シャーレとビーカーにその研究の成果をなみなみと注いではProsit! PPPPProsit!とかCheers! Cheeeeeers!と繰り返す。大根たちも、椎茸たちも人参も、ジャガイモも南瓜も瓜もキュウリもキャベツもサヤエンドウも、そこらじゅうに居る面々はスクラムを組んだり腕を組んだりして大根踊りのラインダンスだ。Prosit! Prosit!これが東京農業大学世田谷キャンパスの七不思議の一つである。

nodai setagaya campus 2.JPG帰宅後、この話を女房殿にしたところ、「ははぁ、今回は想像に突っ走った訳ね!それも悪くはありませんねぇ。」と顎の下に手をやると「そうねぇ、そのProsit!を言うのはKKさんが好いわね。いや、やっぱしS爺かなぁ。でもやっぱり、いまひとつイメージが合わないなぁ。だって、経理親父なのだから銭勘定してるほうが似合ってるもの・・・」などともう彼女の世界の中に入っている。この七不思議を映像化した時の配役、演出を考え始めているのである。一旦想像が始まるとなかなか止まりませぬ。能天気な女房でござろう?


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栗の里の愉快な女房 - アピヨン族 [栗の里の愉快な女房]

2010-7-4日曜日

栗の里の愉快な女房 - アピヨン族 

 夜な夜な鎧を着たその武士(もののふ)ようったは、一体らいろうか。猛々しい面々って攻撃だ。

 私は大好きなウィリアム・ブレークの水彩画展を観に行った時に、その図録を買ってきた。その中の一枚がなぜか矢鱈に気になって仕方がなかった。それはレオナルド・ダ・ヴィンチの素描に共通するものがあった。形、風貌や体形が、他者との相違によって目を奪ってしまう形とは何かと言う問題の提起である。ピカソの泣く女の絵やアビニョンの女達なども、普通ではなく見た者の脳裏にその印象を焼き付けてしまう。どのような要素を組み合わせると、或いは反対に取り除いてしまうと、陳腐なものが特異なものに変化してしまうのだろう。芸術家たち、それ変人たちは、そういう隠された未知の魅力を求めて日夜東奔西走、白河夜船を決め込んでいるのかもしれない。独自の世界を創り出そうと思ったら、自ずとそうなるのだ。生まれながらにしての性癖、傾向というものがあるので、自動的に己が進むべき道に従っているだけなのかもしれない。

 willian blake the ghost of a flea.JPGウィリアム・ブレークのその奇妙な絵は蚤の幽霊の頭部である。無気味なこの顔は私を大いに刺激した。人間は想像力の中で多くの怪獣やら妖精たちを作り出してきたのだが、例えばケンタウロス、一角獣、龍、玄武、人魚、フォーゲルグリフ、スフィンクス、キメラ、ラミア、牛頭、馬頭、天狗、河童、狼男、鬼など、少し思い出しただけでも簡単に名前が挙げられる。これらはどれも二種類以上の動物の合体したものである。ブレークはこうした異常さ、尋常ならぬもの、神秘的なものに引かれたに違いない。彼もやはり蚤に襲われて不快な時間を過ごしたのだろうか。蚤には過度に血に飢えた人間の霊が宿っている、とブレイクは語ったようであるが。そして十年以上前のことだが、私もこの絵に倣っていくつかの無気味な絵を描いてみた。ayoan fishman.JPG

 

 さて、女房殿は今朝も不機嫌である。なんとなれば、このところアピヨン族の攻撃に晒されて、安眠が出来なくなっているからである。木の床の上をアピヨ~ン、アピヨ~ンと跳ね回って、女房殿の足やら脛やら脹脛やら二の腕などを狙ってやってくるアピヨン族たちのために。

それでも女房殿には余裕がある。この鎧をつけた兵どもが獲物を狙って跳んで来る様を彼らになりきって演じることができる。「アピヨーン、アピヨーン!」と言いながら蚤になり切っているのである。なにしろ小さなゴキブリが小さな水滴の水を飲んでいる様がまるで鶏が水を飲んでいるようで可愛いと感じてしまう人なのだから、これくらいの感情移入はお茶の子さいさいである。

*一枚目の絵は、今日の文のために描いたブレークの絵のいい加減な写し。

**二枚目の絵は、10年以上前にブレークのこの絵に刺激されて描いた半魚人の絵。


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栗の里の愉快な女房 - 隣の窓と話す [栗の里の愉快な女房]

栗の里の愉快な女房 ある日の会話 2010-6-28月曜日 

 朝、洗濯物を物干しに掛けて戻ってきた女房殿がこう言った。

「隣の窓と話したのよ!」

そう聞くと私は、彼女が日々の苦労に対して窓にお礼を言ったのかが気になってきた。

「ちゃんと平生の労を謝したのじゃろうのう?」

「『いつも、雨や風や日光や埃やら薮蚊や、蜂や蛇や猫や鴉などから、私達の太平楽と安寧を守ってくれて、有難うございます。それも、全ての艱難辛苦を、大きな平べったい顔全面に受けてね。』って言っておいたわ。」

それを聞いて私も少し安心した。

「彼のあの平べったさと言ったら、それこそ窓ガラスのようだからね。風圧も大変なものだと、揣摩臆測するところであるよ。

「それにしても、流石は私の妻だ。そういう感謝の気持ちを、常に、行住坐臥の中にも、森羅万象に対して忘れてはならないものだものね。」と言った後に、私は振り向きざまに、手裏剣を投げつける忍者よろしくこう言い放った。

1997-12-10 no.3.JPG「しかし!しかし、君。自然派を標榜している我が家に、雨や風や日光や蜻蛉や蟷螂やら蝸牛や山羊や四十雀やノスリやハチクマやら狸たちが入って来られなくする、透明の壁によって箱根の関、白河の関を作ってしまうという、その行為そのものは如何なものかと言わずばなるまいな。カラカラ。」

「あっ、七面鳥が!ちがった、七面倒な男だよ、私の宿六は。あぁ言えば交遊録、漫遊記、違った、こう言う。プリンを腹にいれながら同時に手に持っていることはできないってぇ、いうじゃぁありませんか。相反する条件を同時に満たすことはできません。

まぁいいじゃないすか、大将。無事に、窓と会話が成立したと言う事実に免じて、ここはお開きにしては?」

「苦しうない。将に朝飯を食はむと欲す。」

 

食卓には、御飯、沢庵、納豆、味噌汁、冷奴、目玉焼き、ほうれん草、焼き海苔が手早く並べられる。

 

実は妻が「隣の魔女と話してきたのよ。」と言ったのを、私が魔女と窓とを聞き間違えたことから、話が斯様に発展したのであった。魔女とは私の姉である。私達夫婦は、言葉の響きを弄ぶのが好きなのである。

 


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