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今日の心象スケッチ 2015-4-21 火曜日 [詩・散文詩]

今日の心象スケッチ 2015-4-21 火曜日

ウイリアム・ブレークの蚤の肖像を思い出させる女
短髪で鋭い目が
(あぁ、柿の若葉が美しい。いつも目を癒してくれる。)
その傍らには
アンリ・マティスの眠る女
目を閉じた顔が美しい
(くちなし)
の香りが漂っている

ラテン語族は動詞の変化を覚えることが全て
そう親切に教えてくれたのは
大学時代フランス語の単位を
二年連続で落したボストニアンのマイケル
彼は自慢げに言っていたものだ
動詞の変化だけは何度もやったのでAを貰った
(僕だって、スペイン語の不規則動詞を何度もおさらいをしたものだが
なかなか手強い
諦めなければなんとかなると信じているが)

SSCN2771.JPG時々動物の鳴き声のように
アクセントの強い音を発する少女たち
彼女達は何を話す人々なのか
真珠の首飾りをした美しい女性が
彼方の灯台を見ている
ふとグランド・ジャットを見ると
日本人形のような化粧をした女がいる
彼女は
スマートフォンの世界で
虜となっている
自由を奪われし者になっている
既に鉄格子の中の住人である
与えられた情報をそのまま鵜呑みにして満足している
一方的に敗北を宣言している
しかし、
敗北する為にも条件があるのだ
本当に敗北する為には
戦わなければならない
戦わずして敗北するのは
相手をそのまま受け入れたと言うことと同義である
お玉が池の剣道の千葉先生がそう言っていたよ

※自分の詩について、やっと何をしているのかが分かる。私の書いているのはコラージュだった。
今回の絵は昨年2014年2月4日に描いた、一連の絵。巷の喧騒の中にも軍靴を感じつつ、一方的に流される情報を薄気味悪く感じながら描いた一連の絵の一枚である。他にはおむすび大佐、茄子大将などの絵もある。気が向いたら挿絵として使うかもしれない。


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今日の心象スケッチ 2015-5-1 [詩・散文詩]

今日の心象スケッチ 2015-5-1 金曜日

まるで嵐のような混乱
人々が蠢く
バベルの塔から見下ろした時
人間は虫になった
そしてバベルの塔の上に立った人間たちを見上げると
もうそれは点でしかない
人間ではなく
塔についた埃でしかない
埃が虫に向かって言う
君達は地を這う虫けらに過ぎない
地を這う虫けらたちも負けずに言い返す
君達は空中に漂う埃に過ぎない
目くそ鼻くそ
団栗の背比べ

DSCN2756.JPG喧嘩や殺し合いが好きな者はそうすればよい
血と内臓の海でもがきながら
そう言った英国の作家がいた
それは二十世紀初頭のことだった
世界大戦を暗示する空気を感じながら
自称無政府主義者の言語学者が言った
核戦争の危険が大きくなっていると
Doomsday clock
は真夜中十二時三分前
もう、シンデレラは帰らなければならない
そんな時なのだ

常識の定義は別にして
常識のある人々であれば決して信じることがないような
作られた噂が羽を生やして
宛ら蝙蝠のように
裏小路や橋梁の下や下水溝などを
ふわりふわりと飛んでいる
その噂鳥はあることないことを
実しやかに触れて回る

噂話といえば
洗濯女たちとタバコ工場の女たち
それと毛づくろいをしている猿たちの十八番だが
話の断片は雪達磨式に
転がる度に尾鰭はひれが付く
薄暗いトンネルから出てきた時
その生みの母親ですら認知することを拒否するほど
奇々怪々な姿に成長している

だから、心にもないお世辞を言うのはおよし
お互いに

「あんまり川を濁すなよ
いつでも先生云ふではないか。」

※絵は移動中に手帳に描いたものに、本日クーピーペンシル、色鉛筆で彩色。


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今日の心象スケッチ 2015-3-27 金曜日 [詩・散文詩]

 毎日のように書いている心象スケッチを一つ。この連作には題名を付けないで日付のみ書くようにしている。その時の気分を反映しているにすぎず、題名を付けることが難しいからである。

今日の心象スケッチ 2015-3-27 金曜日

あぁ、あのハイヒールの踵で踏まれたら
さぞかし痛からん
と思われる踵
ところでリバーダンスは最近作られた芸術
タップダンス、フラメンコ、コサックダンス
ただ純粋なもののみ美し
私はそう思った

白い大きなマスクをした
小粒な目をしたアナグマ
隙あらば卵を盗もうと虎視眈々と山鳩の巣を狙っている
あの顔は近所のどこででも見かける顔だ
最近、ああいう顔を見ているのが嫌になってきた
嗚呼、しかし自分の肉体は自分で選べない
親を選ぶことはできない
自分の行為は何一つやらなかったと、否定することはできない
時々、宿命論者、運命論者になる
一挙手一投足、それは自分が動いた結果である
そして人生は一本の一筆描きであり
本の一瞬も途切れることがない
便宜上、その連綿たる軌跡を
幼年期、少年期、壮年期、老年期
と呼ぶことはあっても
その連続性には変わりない
過去にやったことは
好いことにしろ悪いことにしろ
取り返しがつかない
特に悪いことについては生きて償い続ける以外にはない

20150412.JPG悪とはなんだろう
そうしなければ苦しかったからした行為
きっと誰にでもあるだろう
腹が空いた熊は畑の作物を食べるだろう
人間はそれを、熊が畑を荒らしたと言う
しかし、その境界は人間が一方的に作り出したもので
実体などありはしない
(人間が決めたもので実体があるものはどれだけあるのか
あるとされているものの限りない脆弱さ)
にも拘らず
この問題が人間対人間になると一転する
蝦夷と呼ばれる人々を
朝廷は征圧し続けた
江戸時代にも北海道のアイヌに対して同様のことをし続けた
和人たちが和人の理屈で
和人の規則を押し付けたのだ
和人のやり方に慣れていなかったアイヌたちは
次々に土地も文化も奪われていった
同じ強者の論理が過去に世界中で使われたし
現在も至る所で使われている
便利だからね

日向で鼾をかいていたら
もう、陸地が見えてきた
私にとって、対象の周囲に色を塗ることが
どのような意味があるのだろう
あぁ、心配御無用
地球は当分回り続けるだろうし
F先生もお元気だろうし

※今日の絵は、昨年取り掛かって、相変わらず完成させることが出来ない創作途中の作品。何とか、近々描き上げたいと思っている。

 


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今日の心象スケッチ2015-1-8 木曜日 [詩・散文詩]

 今日の心象スケッチ 2015-1-8 木曜日

芋虫、白い芋虫が鉄路の上を這う

大人びた少年は帽子を阿弥陀に被り
小節の聞いたテノールで
カンツォーネを歌う
彼は半ズボンを履いて
紺色の鞄を肩から提げて
上目遣いで人を睨む

空には目立った雲もなく
鯨も飛んでいなければ
ガレー船も
花嫁衣裳を着たリリー・カルメンも飛んでいない
にも拘わらずチョコレートの匂いのする
甘い菓子の記憶が彼を悩ませる

2015-1-28.JPGしかしながら、彼は悩む必要などない
悩む自由すらない
それは奪われているのだから
あぁそうであった
自由が奪われようとしている瞬間に彼は
目撃者として、同時代人として立ち会っているのだった

星の付いたティアラの女神
それは珈琲店の印
それが文化の象徴であると思い込んでいた田舎者が居たが
彼は憧れの都会を結晶化させて描いて見せたが
文化は田舎にこそあるのだ
画一化されたものなど文化ではなく工業製品にすぎず
それは消耗品でしかない
しかしながら消耗品を文化だと押し付ける輩が跋扈する
大判や小判をばら撒けば
人々の口を封ずることができるからだ
あぁ、憎き紀伊國屋文左衛門や
戦争成金たちの亡霊

しかし、今その亡霊たちが再び
実体に変化しつつある

それでも私は楽観的である
若者達はロボットではないからだ
彼らはきっと青を見て赤だと言わないだろう
私はそう信じている

そして、芋虫は
いつまでも暢気に鉄路を往復しているだろう
それが平和なのだ

 ※挿絵は2015年1月28日に描いた落書き。

 

 


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心象スケッチ [詩・散文詩]

2014-10-28 #1.JPG このところ、心象スケッチをあまり書いていなかったが、10月30日の木曜日に久々に途中まで書いた。

今日の心象スケッチ2014-10-30木曜日

天の岩戸の奥に隠れ潜む
デルフォイの舞姫たち
その舞い踊る姿を夢見る
前輪の大きな自転車に乗って
リリー・カルメンは
子供達が走り回る公園を動き回る
公園の門には大きな目玉の梟がいて
人々の歓声を糸で紡いでいる

リリー・カルメンはヴィーナスである
帆立貝の舟に乗って
ゆっくりと浜辺に向かってくる
ボッチチェリの絵と違うのは
このヴィーナスは眠たがりだと言うことだ
彼女は日がな一日眠ってばかりいる

私は密かにこのヴィーナスを元に
絵を描くことに決めたのだった
巨大な香水の瓶を抱きしめながら眠るリリー・カルメン
香りの森の中で
髪の毛をエオルスの風に靡かせて眠るヴィーナス2014-10-28 #2.JPG

※今日の絵は心象スケッチとは全く関係のないもので、もっと大きな作品のための下絵のようなものである。一見すると素晴らしいことのように思えるが、実のところ子供染みていて馬鹿馬鹿しいことを平然と真面目腐って大人がやっている、そんな風刺画である。目標を設定したのだから、初期に準拠すると決めていた基準に達していなくとも、目標は実施しなければならない、もし実施になければ目標が間違っていたことを証明してしまうからである、と言う理屈をつける人間がいるのは悲しいことである。準拠すべき基準は、有名無実になってしまい、無意味になる。準拠すると言って準拠しないのは、背信行為であり、人を欺くことになる。そんな世の中の状況を見ていて、このような絵を描いてしまったのである。

 

 


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童話『提琴弾きのアヨアン』その6 [詩・散文詩]

今日は、最後の2回分。これで、『提琴弾きのアヨアン』は終了。
* * * * * *  * * * * * * * * * * * * * *

第五夜 雄鶏がやってきたこと

 

 その夜もやっぱり、夢中で練習をしている最中でした。扉を蹴飛ばす音が聞こえました。もう、この頃は私も何か動物がやってきて私に助言をしてくれることに慣れっこになっていましたから、期待して扉を開けました。

「そんなに乱暴に扉を蹴るもんじゃないよ。誰だい、今日のお客さんは。」

そこには赤い目をした白色レグホンの雄鶏がいました。雄鶏は私を睨みつけて言いました。

「アヨアンさんて、あなたですか。」

「そうですが。何か用ですか。」

「はいはい、ありますとも。土台、あなたのクレッシェンドはクレッシェンドになっていない。デクレッシェンドはデクレッシェンドになっていない。と言うよりは、音の強弱が身についていない。フォルティッティッティッシモのピアニシッシッシモの何たるかが分かっていない、そう感じるわけであるんである。」この鶏はけんか腰であるばかりでなく、実に偉そうにはなすのをモットーにしている様子が見て取れました。

violinist Ayoan night5.JPG「強弱が身についていない。」

「左様、左様。身についていない、残念ながらね。」

「ではどうすればよいか、一つ教えて頂けないでしょうか。」

「よかろう。儂たち雄鶏は、ご存知のように朝、夜明けを知らせる仕事がある。時を作らなければならない。これは一朝一夕にできる業ではないんじゃ。喉を鍛え抜いてやっと到達できるものなんじゃ。最初のうちは、思うように声がでないので、実に情けないほど小さい。これがまぁ、ピアニッシッシモじゃな。そして段々うまくなると、声も大きくなってくるんじゃ。そして、最大限の音量で叫ぶ、これがフォルティッティシモじゃ。そしてな、大切なのは最大の音量で正確な音程とリズムを維持できるようにすることじゃ。それが出来たらピアニッシモで練習するんじゃ。この繰り返しで、感情が表現できるようになるんじゃ。

では、一緒にフォルティッティッシモをやってみよう。」

そう言ったので、私も雄鶏のコケコッコーを力一杯弾いてみました。しかし、あの雄鶏の大きな声量にはとても敵いません。あんなに小さな身体なのに、どこからあんな大きな声をだしているのやら。雄鶏は小ばかにしたように笑います。

「音量を大きくすると、君は音程が微妙にずれるねぇ。それでは音楽になっていない。」

音が大きいと音程がずれた時の調子っぱずれがとてもみっともないのです。私は慌てて音程を修正します。

「ほうら、もう一回だ。」と鶏は私をせかします。

フォルティッティッシモの練習が一旦終わると今度はピアニッシッシモの練習です。それはそれで音の不安定さが目立ちます。するとすかさず雄鶏に注意されます。

 能天気に叫んでいるだけだと思っていた雄鶏がこんなに激しい練習をして時を作っているとは知らなかったので、私はすっかり感心してしまいました。尊敬の念さえ湧き起こってきたくらいです。雄鶏監督の厳しい練習は明け方まで続きました。

 

第六夜 発表会の夜

 

 これだけ練習をしてきた私でしたので、発表会での演奏については、もう、どうでもよくなってしまいました。腕が上がっただろうという確信もありましたが、ご存知のように無知の知で、自分の未熟さを知れば知るほどすべてが否定的に見えてしまい絶望的にも感じていたのでした。

 最初のうちは客席で他の人たちの出し物を大きな口を開けて馬鹿笑いしたりして見ていたのですが、自分の出番が近付いてくると胃の中に何かがいて私をじっとさせてくれないのです。緊張感が高まるばかりなのです。

出番前に三回も手洗いへ行ってしまいました。

次の次という時になって、舞台の袖に立って他の人の演技を見ていても、全く上の空です。どきどきして、もう家へ帰りたくなってきます。寝転がっていた方が、どれだけ気楽だったろう、それをエスペラント語に訳すとどうなるのか、などと気分転換を図ったりします。でも、そんなものには頭が反応しません。

一人前の演奏者はクラリネットでしたが、ガーシュインの『ラプソディーインブルー』の独奏です。音楽大学を出て、どこかの楽団にも所属している女性です。演奏はそれはそれはとっても見事なものでしたが、私は上の空です。彼女の演奏が永遠に続いてくれればいいと願うほどでした。

 しかし、演奏は終わってしまいました。割れんばかりの大きな拍手です。ブラボーと言って立ち上がって拍手する人もいます。

 

violinist Ayoan-performance evening 20140815friday.JPG そして、私の番が来てしまいました。曲目はチャイコフスキー『アンダンテ・カンタービレ』です。あぁ、今更ながら地味すぎた選曲だったろうか、などと後悔し始めます。後ろから進行役に押し出されて、私は舞台に出ます。そして伴奏のピアノの横に立ちます。

 ピアニストに目礼すると、最大限のビブラートを効かせてすすり泣くように弾き始めました。その後私が覚えているのは、ただただ誰の顔も見ないで、客席の一番奥の方に顔を向けて、無我夢中に演奏したことです。そして、猫や小鳥やら尺取虫たちが教えてくれたことを、あの時ひたすら練習していた時を思い出して弾いたことでした。がっかりしたような野良猫シャブランの顔が浮かびます。私の顔を覗き込むウグイスの可愛い顔を思い出します。済ました顔で首を振り続けていた赤ゲラも、矢鱈に真面目な顔で着地場所を見ている尺取虫も、恐い顔で怒鳴ってくれた雄鶏も目に浮かびました。あれだけ必死になって練習したのだから、もうどうにも逃げられない、これが自分が最大限に努力した結果なのだから、そう思いました。

 

 演奏が終わりました。シーンと会場は静まり返っています。失敗か。

 

そして、突然大きな拍手が鳴り響きました。誰かが私にもブラボーと言ってくれました。立ち上がって拍手している人もいました。それは野良猫のシャブランでした。


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童話『提琴弾きのアヨアン』その5 [詩・散文詩]

第四夜 尺取虫がやって来たこと

 

 提琴と言うのはその音に魅力があります。ビブラートをどのようにして効かせるかそれが音色を完全に決めてしまいます。ビブラートを効かせない奏法もありますが、それはビブラートが出来るようになってからの話であります。このビブラートに行き詰っていた夜のことでした。音色を求める練習の手を休めて、窓から外を見ていると、ガラス窓の縁に一匹の尺取虫が敬礼をしています。

「どうしたんだい。何をしているんだい。」

「なんだか、先生、お困りのようだったものですから、つい覗いてしまいました。」と背中を釣り針のように大きく曲げて頭を下につけずにふらふらさせながら芋虫が言いました。

「確かに、このところビブラートが出来たような出来ないような微妙なことになっていて、それで悩んでいたんだ。よく分かったね。」

「それは顔に書いてありますよ。」

「で、君はどんな助言ができるというのかね。」と私は窓を開けて芋虫を掌に乗せながら聞きました。

violinist Ayoan night 4.JPG「先生、ちょっと僕を譜面台に置いて、ビブラートをやって見てください。先生の手と指と肘を見てみます。」

私は虫に言われるままに、彼を譜面台の上に置くと、できるだけ指も手首も力を抜いて震わせて見ました。虫は申訳なさそうな顔つきをして、ショムショムと言って笑ったのでした。私は虫に笑われたのですっかり腹を立てて怒鳴ります。

「全体、何か可笑しいんだ。私は真剣にビブラートをやっているんだぜ。その真剣さを笑うというのは、いかにも紳士的ではないじゃないか。」

虫は、笑うのを止めて真顔で言いました。

「先生、その真剣にやっているところが、その方向がちょっとずれているようなのです。つまり、一所懸命にやろうとしているために、あちこちに力が入ってしまっているんです。真剣だからこそ陥る技術の落とし穴かもしれませんね。」

「本当かい。」

「えぇ、ほんとです。時々手でバイオリンの首を支えるような動きになってしまうこともあります。それから左手の親指が硬すぎます。バイオリンの首を親指が支えようとしています。もっともっと力を抜かなければ、他の指が自由に動くことができません。そして、これが一等重要なのですが、どの指も第一関節がまだまだ硬いのです。

ちょっと僕が一尺を測る時に取る姿勢を参考になさってみてください。」

彼はそう言って、譜面台の端に移動しました。それからゆっくり大きく身体を伸ばします。後ろ足を前方に移動して来て釣り針をひっくり返したような姿勢になります。前足を床から離して前に伸ばします。前後に頭をふらふらさせます。なかなか下に前足を付きません。場所が決まるとようやっと降ろします。再び後ろ足を前の方に移動します。そして同じ動作をゆっくりと何度も繰り返しました。

「どうして、さっさと前足をおろさないんだい。」

「僕たちはこういう風に尺を測っているからなんです。いい加減にやったら、誰も尺取虫とは呼んでくれなくなるでしょう。僕たちは、これでも、なかなか職人なんです。」

 

私は彼の動きを見ていて、自分の欠点が見えてきたと思いました。彼が身体を使って見せてくれたあの柔軟性を指と手首と腕のすべてに持たせなければならないことが分かったのです。私は尺取虫を譜面台から窓に移して言いました。

「尺取虫君。有難う。君の動きの中に、自分に欠けていたものがいくつも入っているのが分かったよ。君が来てくれたことで、私は随分進歩できたと思うよ。」

 

尺取虫は、嬉しそうな照れくさそうな顔をして、敬礼をしてからまた尺を測りながらミズキの葉っぱに移動してゆきました。


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童話『提琴弾きアヨアン』その4 [詩・散文詩]

 挿絵は最後の一枚以外、終了。最後の一枚はもう少し時間を掛ける必要があると感じるので写真には撮らず、それ以外にものを写真にておく。


第三夜 キツツキがやって来たこと

 

 今夜もウグイスがやってくるかと練習しながら待っていると、窓を猛烈な速さで叩く者がありました。窓を見ると、そこには赤ゲラが窓の外枠に留まっています。私は直ぐに招じ入れました。

「どうぞ、どうぞ。入った入った。

で、どうしたんだい。」

「アヨアンさん。ウグイス君と音程練習をしたそうですね。」

「そうだよ。お蔭で、随分音程が正確になったような気がするよ。」

「僕ともトレモロの練習をしてください。」

「トレモロか。緊迫感や感情を盛り上げるのにいい表現方法だね。」と私は言って、提琴を顎で支えると、弓を軽く持って手首を使って素早く弾いてみせました。

「こんなもんでどうかな。」と得意そうに。

 キツツキはどうも不満そうで、「僕にもやらせてみてください。」と言って、枯れ木の帽子掛けの丸太の所へ行っていきなりつつき始めました。その音符の長さの正確さ。まるで全く同じ長さできれいに揃っていました。

「上手いもんだね。」

violinist Ayoan night 3.JPG「そうでもないんです。一気に百六十回つつくんですが、たまにずれたり、奇数になったりしてしまうんです。正しい数つつかないと、幼虫も出て来ないんですよ。つつくことによって穴を開け、眠っている虫を振動させるんです。やっこさん、体液の循環がよくなりすっかり気持ちよくなって伸びをするんです。開けた穴からあたまをひょこっと出すんです。そこを頂いちゃうわけです。ところが正しい数をつつかないと、やっこさん警戒して出てこないんです。怪しいやつがつついていると勘付いちゃううんでしょうね。これでは、僕らの商売は上がったりなんです。」

「タタタタを一回とすると、それを四十回連続してやるということだね。」

「四十回連続、無意識のうちに四十回になっていることが求められるんです。それが結構難しいんです。一緒にお願いします。」

ということで、私もこの四十回連続のトレモロの練習を始めました。始めてみるとキツツキに合わせるのがとても難しいのです。いつの間にか夢中になって、何度も何度も練習していました。

 肩が凝ったので、腕をぐるぐる回しながら外を見ると、明け方になっていました。そして、キツツキもいなくなっていました。


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童話『提琴弾きのアヨアン』その3 [詩・散文詩]

 

第二夜  ウグイスがやって来たこと

 

 野良猫のシャブランにまるで相手にされなかったので、私はすっかり憂鬱な気分に囚われてしまいました。翌朝起きても、顔を洗ってもちっとも目が覚めませんし、歯を磨いても何だかきれいになった感じがしないのです。仕事にゆくのも嫌になって、つい止めてしまおうかと思ったくらいです。が、休んでしまうほどの勇気もなく、家でずるけていることは出来ない、そういう意気地なしの人間なのです。

 この日は、職場でもまるでいつもとは違う仕事をやってしまいました。すべてに無気力で対応し、返事も生返事ばかりで女子社員に「アヨアンさん、今日は元気がありませんが、どうしたんですか。」と言われる始末。下らない冗談を三連発言ってごまかしました。

 

帰宅後は、食欲もないので、夕食もとらずに水道水をコップで一杯飲んでから提琴の練習を始めました。カイザーの練習曲などを先ず練習です。その後クロイツェルです。何時間も連続してやっていたので大分疲れてきた時でした。ガラス窓をトントンと突く者がいます。

ガラスの外からウグイスが覗いていました。

「なんだい、こんな夜に。君は第一、昼の鳥だろうに。」

ウグイスは小さな鳥ですが、あの素敵によく通る声で言いました。

「アヨアンさん。私はまだ若い雄で、ちょっとお願いがあるんです。」

「お願い?」

私はここで、ゴーシュの所へやって来たカッコウのことを思い出しました。ははん、つまり私が正確な音を出せるようにするための使いだな、と。

「音程がしっかりとれないので、一緒に練習させて頂けませんか。」

「音程か。それは基本中の基本じゃないか。まぁ、そういうなら一緒に練習してもいいが。」

私は早速、バイオリンでホーホケキョと弾いてみました。すると、案の定ウグイスは言いづらそうな顔をして

「先生、少しだけずれているような気がします。」と言って、ずれている音程を微妙に模倣してみせる。確かに、彼の音程の方が正確な気がしたので

「君はなかなか耳がいいねぇ。全体、その能力は生来のものなのかねぇ」などと言ってごまかします。尤も、小鳥に音程を直されるという屈辱が私を随分真剣にさせました。もう一度これで文句はないだろうと言うくらい正確にやってみました。

20140813-wednesday.JPG「どうかね、こんなんでは。」

小鳥は本当に申し訳ないという顔つきで

「先生、それでほぼいいのですが、百分の一ほどずれているようです。」

「百分の一。」

「えぇ、僕たちの仲間では千分の一の誤差でもあれば、馬鹿にされるだけではなく、恋人ができないんです。ですから、結構僕たち命がけでやっているんです。きょきょきょ。」

 

違いがなかなか分からない私は小鳥の言うままに、指の位置をしっかりと確認して練習しました。五十三回やったところでウグイスが嬉しそうに頷いてくれました。その時の嬉しさは、まぁ言ってみれば、険しい山道を登り切ったような、そして眼下に美しい森が広がっているのを見ているような感じでしょうか。

これが出来たので、もう一度やってみると、小鳥が音程を半音上げます。

「どうして、音程を上げるの。」

「だって、こうしなければ僕がいることが恋人に分からないじゃないですか。恋敵が居る時は、彼の声よりも高い音を出さなければならないんです。これは蛙でもウグイスでも同じなんです。」

「なるほど。では、私も君の恋敵になりましょう。」と言って半音の四分の一高くしました。すると小鳥も更に半音の本文の一上げます。私は更に半音の六分の一上げます。ウグイスは平気な顔でまた同じだけ上げます。二人とも意地になってどんどんあげてゆきます。私はハーモニクスを使って音を上げますが、かすれた音になってしまいます。一方彼の声の方がもっと美しく一つ一つの音が正確に聞こえるのです。

 私達は、お互い心底疲れるまでこんな練習を一緒にしました。

 ウグイスは満足すると、またやってきますので、宜しくお願いしますと言いました。私も勿論、一日で技術が身に付くわけもないので喜んで「こちらこそ宜しくおねがいしますぜ。」と彼に敬礼して言いました。

 そして、私達は一週間ほど音程の練習を競ってやったのでした。


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童話『提琴弾きのアヨアン』その2 [詩・散文詩]

 挿絵を描くのには結構苦労する。自分の気に入ったような構図にならないことが多いからだ。今日も随分苦労して、やっと一応描き上げた。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

第一夜 近所の野良猫がやって来たこと

 

 雲が空に出ていて、じきに雷でもなりそうなある夜のことでした。玄関の扉を叩く音がします。こんな時間にやってくるのは、私の親友のホーカッサン君にちがいあるまいと思って私は「どうぞ。」と言いました。

20140812tuesday.JPG しかし、扉を開けては行って来たのは親友ではなく、私が呼んでも横目で睨んで逃げてゆく野良猫シャブランでした。どうしたものか、この夜のシャブランは入り口に二本足で立っています。

「今晩は。アヨアン先生。」

先生と呼ばれて少し得意になった私はにやりとして言いました。

「今晩は、シャブランちゃん。何か用かね。」

「えぇ、ちょっと、先生にバイオリンで弾いていただきたい曲があって来てしまいました。これ、なんですが、お礼の代わりに持ってきました。」と大きなゴーヤーを前に置きました。

「おいおい、それ隣の師匠のところのゴーヤーじゃないか。師匠が時々野菜泥棒が出るって言っていたけど、犯人はおまえさんかい。」

「め、滅相もない。それは、カラスの大将でしょう。あっしは、今日初めてでがんす。大体、猫は野菜食べないでがんす。」

「そういうことにはなっているが、西瓜が好きな奴も、トマトが好きな奴もいるって聞いたことがあるぞ。おまえさんたち、意外に個性派が揃っているようだから。

まぁ好いか、お土産を持ってくるたぁ、猫にしちゃぁ気がきいてらぁ。ところで、何をご所望かな。」

「ショモウ、何です、それ。」

「何の曲を弾いて欲しいのか、そう尋ねたんだよ。」

「最初からそうおっしゃればいいものを。あの・・・チャイコの『アンダンテー・カンタビレ』をお願いします。」

「猫の分際で、チャイコとは生意気だ!チャイコフスキー様と言うべきである。が、それは別として、君はなかなか趣味がいいねぇ。お育ちがいいねぇ。じゃぁ、早速弾いてやろうじゃないか。」

私は、提琴を取り出すと、まるでクライスラーかイツァーク・パールマンが弾いているような気になって弾いて見せた。自分ではそこそこいい音が出ていると思っていたのでしたが、猫君に感想を聞いてみると、こんなことを言われてしまいました。

「先生、またやってきます。」

「感想は。」

「今は、何も申上げることができません、怒られてしまうので。では、おやすみなさい。」

シャブランはそういうと、四足であっという間に扉の隙間から飛び出して行ってしまいました。

 

 私は、すっかり打ちのめされたようになって、暫くぼんやりしていました。

 


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