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映像作品練習-I'm always right. Right? [youtube]

 連休中に、更にMovie Studio 14 Platinumをもう少し使いこなし、ICレコーダーのTASCAMを使いこなせるようになるのが、今年の予定である。TASCAMについては、音量を大きくするにはSound it!を使えばよいことが分かったので一安心。しかし、多重録音の練習をしてみようとちょっとだけ考え、面倒になって中断。音楽を録音しようと思ったのだが、TASCAMで録音する時に、頭あわせをどうするか、良い考えが思いつかなかったからである。そのうにち、何か思いつくかもしれない。
 そして、Movie Studio 14の使い方に習熟するために、今日も短い映像を2つ撮り、それを合成してみる。クロマキーは、なかなか好くできている。また、前回は分からなかった字幕の入れ方も、よく分かったので、これで無声映画なら、ジェスチャーだけでも撮れるというものだ、俳優がいれば。
 今考え始めているのは、ラジオドラマに映像がついている作品である。映像は邪魔にならない程度の説明的なものにし、その裏でドラマが進行する、そんな作品がシナリオの練習にもよいかもしれないと。

 『不思議の国のアリス』は、実に面白い作品なので、じっくりと読んで、自分なりの物語を作りたいと思っている。これも計画半ばである。


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Movie Studio 14 練習 その2 [youtube]

 今日もMovie Studio 14の使い方になれるべく、映像制作の練習。クロマキーの使い方については分かった。しかし、読み込んだ画像が唐突にでてくるのでフェードイン/フェードアウトはどこをどういじればよいのか、悪戦苦闘する。入門書にある解説はトランジションでディゾルブを選択となっている。が、自分で見つけたのはファイルの右上に矢印を当てて、そこを起点としてF.i./F.O.を設定する方法である。
 他には、テキスト(字幕)の重ね方で苦労する。
 今日は、家の周りでカメラを廻し、映像を準備。音楽は、少し考えた後で、やはり明るい音楽が好いと思い、既に使用したものを再度りようした。



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桜、桜、桜 [youtube]

 Movie Studio 14 Platinumの使い方を少しずつ練習している。腹が立つほどお粗末な㈱ラトルズの『VEGAS Movie Studia 14 Platinumビデオ編集入門』。それでもないよりはまし。オンラインのヘルプは、画面を見ながら同時に操作できないので、それが決定的な欠点だ。このマニュアルの良くないところは、解説にある写真が小さすぎて、文字がよく見えない。本当は、文字が読めれば問題ないのかもしれないが、小さすぎて・・・腹立つことが何回もあった。
 簡単にYoutube用のファイルが作成できるのはよいのだが、HPのPC OMENからデータを送ろうとするとGoogleが個人情報を利用するといういやらしい画面が表示される。そこで、最も原始的な方法で、USBメモリーにデータをコピーして、古いPCのHDにコピーし、それを古いPCの方からYoutubeを呼び出し、アップロードする。
 しかしながら、最近はそのデータをそのまま開くことができない。ソフトの関係でXPを使っているため、一切更新をしないようにしているのが原因だとは思うが。それ以前にXPであるが故に、時代遅れになっているのではないかと思う。




 今回の映像は、近所に歩いて行ってSONYのHDR-CX680で2018年3月31日の土曜日に撮影。音楽は、4月気6日に作り始め、数日後に録音した物。面白いことに丁度同じ頃Cherry blossomsと言うYoutubeをアップロードしている。
 桜には、人を狂わせる何かがある、と私は思っている。自分では、死ぬのは桜の時季が好いと思っている。毎年、強迫観念のように、同じことを考えている。

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詩と思想 4月号-現代詩の新鋭 [日記・雑感]

20180407DSCN3822.JPG 今日は、少々遅くなったけれども『詩と思想 4』特集 現代詩の新鋭について。
 既に書いたことがあるが、従妹は詩を書いている。いくつかの賞を受賞しているのだが、彼女が今回新鋭の一人として紹介されることになった。そして、昨年11月頃だったと思うが、彼女から彼女の作品についての解説を書いて欲しい、と依頼されることになった。果たして、自分でよいのかと改めて尋ねたら、彼女としては私のような人間がよいらしいことが分かった。そういう新しい試みも含めての新鋭なのかなとも、推測している。
 私は、彼女の母親がとても印象的な人なので、その思い出を重ねながら、さっさと解説文を書き終えて、彼女に感想を求めた。その文章は彼女というの人の背景を紹介するようにしたのだが、それは方向性が違うので不要な情報なのだと言われた。むしろ『詩と思想』と言う詩の雑誌なので、詩的であった方がよく、彼女の詩作品についての解説が好いと言うことなのだった。そこで、今更ながら、彼女が書いてきた詩をデータで送ってもらった。それを製本したのが1月の記事である。 ”本の装釘をしてみる
 
(2018年4月号のpp34、35に彼女と私の文章がそれぞれ掲載されている。)


 彼女の書いた作品については、私の解釈が間違っていること(例えば、詩の中で描かれている父母と言うのは、実際の父母のことではない、などなど)も何回かあった。芸術作品は、書いた本人以外には誰にも分からないことが多いのではないかと考えている。そも、同じような体験、発想法、感性をもっていなければ、なかなか正確に読み解くことは難しい。それを読み解くことができるのは相当に感性が鋭い人ではないかと思う。
 私自身も、自分の書いた詩を、誰がどのように読み取ろうと自由だと考えている。そして、共感してくれる人が、似たような人種であり、自分の理解者になりうる共通の基盤を持っている可能性があるのだろうと思う。だから、自分が書いた世界を読み取られる方が、むしろ無気味である。画像を反転し、拡大したり縮小したり、色を変えたり、セピア色にしたり、モノクロームにしたり・・・などとできるだけ原形をとどめないように変装、仮装しているのに見破られたら、それは悔しくもあり、驚きも禁じえないだろうと思う。

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