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春本雄二郎監督作品『かぞくへ』 [日記・雑感]

DSCN3815.JPG 昨日3月3日土曜日は、渋谷のユーロスペースで上映中の『かぞくへ』を観に行く。実は先週行く予定にしていたのだった。初日は監督や俳優達の舞台挨拶もあり、きっと混むだろうと予想して午前中にユーロスペースに状況を聞いたところ、なんと145席中90席が既に埋まっていると言う。午後9時からなのに、この状況ではとても夕方のこのこ出かけて行っても坐ることができないだろうと諦める。夜中にtwitterで状況を確認すると、なんと満席で立ち見も出たと言う。
 昨日は、念のために上映開始の1時間以上前に行き、指定券を受取り、ロビーでひたすら待っていた。東京芸大の映像研究科第12期生終了制作展があり、『向うの家』がspace2で同時刻から上映されたので、ロビーは上映直前には列を成す人々でごった返していた。   


 映画は一部実話を基にしているため、非常にリアルだった。そのためか、どの俳優も見事な演技をしていて、いわゆる「お芝居」がなく、ドキュメンタリー風ですらあった。旭も洋人も佳織も、ボクシングジムの会長も、受付の女性も。登場人物たちの個性も明確なので、ある意味演じやすかったのではないかとも思う。カメラを手持ちで撮影している部分は画像としてはみづらかった。だからと言って、その画像の動きがドキュメンタリー風に見える理由となっているのではない。佳織と旭の会話もよかった。旭とその友洋人もよかった。彼等の話す方言はとても魅力的だった。言葉の少なさが返って、言葉が伝え切れていない感情を観客に伝える。引き算の台詞。続く沈黙。一般的には人が会話をしている時には、相手が遮ったり、話題が変わったり、適当な言葉が思いつかなかったり、時間がなくなったり等々、文章で何かを主張するようには相手に伝えることができない。場合によっては言葉の断片から、肉体言語から、動作や間から、相手が考えていることを把握することになる。相手に対して好意的、好意を持っている場合は、相手の意図を汲もうと努めてくれる。しかし、好意的な会話ばかりが交わされるのではなく、相手に対して無関心だったり、時には敵対関係にあって敵意や悪意を抱いている場合もある。本作品では、短い会話の中からでも登場人物の心理、感情の変化がよく分かる。
 この作品はフランスの昨年2017年のヴズール国際アジア映画祭で最優秀アジア映画賞を獲得した。同じ時に上映された『Her Mother』以外の作品は知らないが、なるほど、この作品ならば選ばれてもおかしくないだろうと思った。
 
 上映は夜の21:00からだったので、私のいつもの生活パターンとは異なる。少し時間があったので家で午後『ぼくとママの黄色い自転車』と言う映画DVDを何の気なしに見た。シナリオとしては悪くないと思うのだが。一つずつ事実がはがされて明らかになってゆく、しかもそれが実は悲しい事実である、その中に冒険的な要素も入っている。楽しく悲しいお涙頂戴の映画と言えるかも知れない。が、女優がそこそこ有名すぎると、監督は十分にその女優を使いこなすことができないという結果になることもある。つまり、少年(ぼく)の母親(ママ)は筋力も記憶力も低下する難病に罹っているにも拘らず小奇麗なままで演じられているのである。役ではなく女優そのものの魅力が表現できるように、監督は妥協したのかもしれない。そのため少年が感じる理想の母親、記憶の中の母親と現実の病気の母親(本来変わり果てた姿であるはず)との差がまるでないばかりか、相変わらず美しく魅力的な母親のままなのである。「この人ぼくのママじゃない!」と言っても、感情を込めて発せられた台詞に過ぎないのである。言葉が、本来の意味を持ったない、形式的な音にすぎない。
 このDVDを観た後だったから余計に、『かぞくへ』の演技、台詞、演出に真実味を感じたのかもしれない。

 映画『かぞくへ』は、3/9(土)までは渋谷ユーロスペースで、3/10(日)からは横浜シネマリンで上映される。春本監督の映画自体、それに携わる人々、住んでいる地域、地域の人々など、もろもろに対する深い愛情を感じることができ、終了したときには既に23:00となっていたけれど、それに勝る有意義な時間を送ることができた。

 
 ここにご紹介させていただきました。



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