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変な絵 その1 [絵画]

 9月8日に描いた変な絵。連続物の絵としては3枚目であるが、最初に紹介するのでその1.なぜ変な絵なのかと言うと、この20161002DSCN3120.JPG世に存在しない見たことのない変わった生き物だからである。他者に害を加えなければ、変わっていることの良し悪しは問題にならない。
 某国では、ドングリたちが自分たちの代表を決める選挙をしたそうだ。立候補していたのは金塗れで金ぴかで、夜も電飾が付いているほど着飾った葉っぱが一枚、もう一人の候補は悪態ばかりついているひょっとこアヒルだった。ドングリたちは、どっちの顔も嫌いだったので、どっちのほうが害が少ないか、それを侃侃諤諤の議論をしながら消去法で選んだ。もう飽き飽きして、うんざりして議論に参加しないドングリもいた。そも、選択肢が少なすぎること自体が、民主主義が崩壊していることの証拠ではないか。どっちも嫌いなのに、もっとまともな候補が存在しないこと、実は存在しているのに存在が分からないように情報操作されていることの方が大きな問題ではないか、とドングリのジャーナリスト達は言っている。そりゃそうだ。
 対岸の火事だが、飛び火してくると言って、大騒ぎしているエノコログサたちがいた。彼らにマイクを向けると、悪態ばかりついているひょっとこアヒルが選ばれたら、領有権を争っている布袋様の国が足を伸ばして攻めて来ると言って大騒ぎをしている。そんなに世の中は単純じゃないと思うけれど。
 いろいろ変なことばかりが起こっているけれど・・・

 高齢者による自動車事故が連続して報じられている。予防する為には運転規則を厳しくすることも一つの方法だろうけれど、高齢化社会となっている日本の老老介護の現実を見なければならない。若くない身体を酷使して自分よりも多くの介護を必要としている家族を介護しているために疲労する、それが突然の睡眠を誘発する、そして・・・簡単に想像出来る映像である。事故防止装置(自動ブレーキ、速度制限機能、運転手への注意喚起機能など)のついた自動車の使用を促進、またその買い替えに補助金を出すことなども考えられるべきではないか、あるいはそのような自動車の貸し出しなどもあってもよいのではないかと思う。絵には全く関係ないが、ふと新聞記事やテレビニュースを思い出した。
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Paul Delvauxポール・デルヴォー版画展 [日記・雑感]

yoshizawa garden galleryDSCN3129.JPG 今日は市川市真間5-1-18にある芳澤ガーデンギャラリーへ『ポール・デルヴォー版画展』を観に行く。ここで展覧会が開かれることは7月頃に国府台駅改札にあるチラシで知っていて、ずっと楽しみにしていた。ボール・デルボーは油絵の展覧会が催された時に、時機を逸して見損なって暫く後悔していたのだった。チラシに載っていた『庭』がとてもデルヴォーらしくて、原物も見てみたかった。
 京成線の国府台駅を下りて、和洋女子大学の方へ歩く。手前の歩道橋を右折。すると右手に木内ギャラリーの表示がある。更に千葉商科大学に平行している細い道を進んでゆくと右側に真間山弘法寺(ぐほうじ)がある。この寺はもともと開祖は行基だと言う。求法寺と言う表記だったものが弘法寺に後年なる。弘法寺は紅葉狩りが有名らしい。手児奈(てこな)と言う国造の娘の物語が有名な土地であることも帰宅後wikipediaで調べ分かる。上田秋成の『雨月物語』中『浅茅が宿』も下総葛飾真間の手児奈の伝説を下敷きにしていると言う。調べているうちに、とても素晴らしい場所に今日は来ていたことが分かり嬉しくなる。
 緑の多い住宅街の中に芳澤ギャラリーはあった。美しい場所に、美しい建物の画廊であった。
 P . DelvauxDSCN3145.JPG訪問する客も少なく、静かな空間と時間をゆっくり楽しむことができた。『ペン画物語』を書くに当って、少しは版画やエッチングのことも知っておこうと考えていたが、それとは全く関係なく、有意義な時間を過ごすことができた。デルヴォーにとって鏡、海が特別な意味を持っていたことも分かった。彼は鉄だったようだ。
 『海岸』と言う作品は、何故かボッチチェリの『ビーナスの誕生』を思い出させた。つまり、デルヴォーの海への憧れが、あのボッチチェリの海とアコヤ貝の描写が共通しているように見えた。
 左の絵は『ささやき』絹織物。デルヴォーの女性。彼は女性の裸体を沢山登場させているが、全くいやらしさは感じず、ギリシャ彫刻の石膏像でも見ているような感じがする。それは彼が女性を美しいものとしては見ているが、官能的な完成では捉えていないからではないかという気がする。
 デルヴォーの絵はシュルレアリスムの手法があり、遠近法や多消点が使われているのが面白い。彼は、どのような派閥にも属さず、彼自身の好きな世界を描き続けたようである。P. DelvauxDSCN3142.JPG芸術家としては、一つの理想的な生き方をした人間ではないかと感じた。左にある『庭』の絵、少しルネ・マグリットにも通じる世界がるが、やはりこれは間違いなくデルヴォーである。その絵を見て、直ぐに作家が分かると言うことは作家にとって非常に重要な点だと思う。誰が描いか分からない作品を描いても、空しい。「これは間違いなく彼の絵だね。特徴があるもの。」とか言って欲しいのだ。言われなければまだ作風が確立していない証拠である。
 デルヴォーの版画で面白かったのは「クロード・スパーク『鏡の国』のための連作」作品群である。そんなに古い作家ではないのに、その挿絵は19世紀を髣髴させる。若くして死んだ妻を剥製にし、剥製が変化した時ナイフでばらばらに壊してしまう男の物語が暗示的で、読んでみたいと。こういう挿絵はとても魅力的だと思った。残念ながら、クロード・スパークとは仲たがいしたため、挿絵としては一緒には発表されなったようだ

 超現実主義、ポールデルヴォーに興味のある方には断然お薦めの展覧会である。11月27日(日)まで実施している。
 このギャラリーの手前には木内ギャラリーがある。こちらは旧木内家別邸である。大きな樹木に囲まれて立っている。今日P DelvauxDSCN3144.JPGは、残念ながら16:30を過ぎていたので中にはいることは出来なかったが貴族議員も勤めた木内氏の立派な建物を再建したものだそうだ。我が家は川崎市麻生区であるが、市川市のこのギャラリーまで行くのにまるまる2時間掛かった。もう少し近ければ都思うが、遠いからいいのかもしれないとも思う。
 左のえは『ダンス』と言う絵だったと思う。この絵でも女性は裸である少しもエロティシズムを感じない。

 


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