So-net無料ブログ作成
検索選択

YouTube "The Magician enters" [youtube]

 今日は、10年ほど前に短時間で書いた『魔法使いの登場』”The Magician enters”と言う曲。YAMAHA MU2000を音源DSCN3003.JPGに書いていたが、音が今ひとつシンセサイザーなので、改めてVienna Instruments SEによって打ち直し。更に、あちこちに大幅に手を加える。魔法使いとは私が中学校時代から何話か書いたルトリア8国物語(未発表、未完成)に出てくルトリア8国で最も偉大な魔法使い。ナルニア国物語の中のアスランに匹敵する存在。
 物語は、構想がどんどん拡大してゆき中断したままになって何十年にもなる。まず、中心の物語を何にするかを決めなくてはならない。恐らくは、クキア・ノーコと言う哲学学生の物語が中心になるのだろうと予感している。
 今日の絵は、既に一度使用しているが、再度使用。中学生時代万年筆で描いたのだったが、下書きなしなので構図がいい加減である。また、細部が実にいい加減。当時は茂田井武氏の絵に憧れていたので、彼の画風を真似ている。今見て面白いと思ったのは、ルピーツRupeetsの目、それは横顔なのに正面を向いている。古代エジプトの壁画やクレタ美人と一緒だ。あの頃、古い城の中がどのようになっているか知りたかったが、家の中にはそのような史料はなかった。平凡社の『太陽』と言う雑誌に、フランスやドイツの城を特集したものがあり、それを参考にしたが、自分の想像している構図になっているものは殆どなかった。現在のようにインターネットでかなりの詳細が見られる写真や映像があれば、もう少しそれらしく描けたのかもしれない。が、本の少しの知識だけで後は想像だけで描いたことにより、あの時自分がどれくらい物事を知らなかったかも分かり、面白い。絵でも物語でも、相当に細かいところまで知らないと、現実味が少なく面白味も減ってしまう。
 ※今回の”The Magician enters”は第一部で、後半があるので、全体では6分前後の長さになるのではないかと思う。
https://www.youtube.com/watch?v=BZIh_EbUt04&feature=youtu.be

後悔をしないために [随想]

 NHKの職員の多くは良識的で、本来の公共放送の存在意義を充分に理解していると信じている。そして、12月20日に放送された『新・映像の世紀第3集時代は独裁者を求めた』については、それがはっきりと表現されたと感じた。彼らが危機感を持ち、必死に伝えようとしているもの、それを私も共有できた。ニーメラーの次の詩も紹介された。

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから
そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

 今更ながら、12月上旬に私は朝日新聞から東京新聞へ切り替えるための連絡を朝日新聞取扱店に連絡した。若そうな男性の声が残念そうな声で言った。「分かりました。理由を教えて頂けますか?」
「私は30年以上朝日新聞を購読してきました。朝日新聞の社員の殆どは、真のジャーナリズムを理解している、良心を持った人々だと考えています。しかし、何ですか。昨年の特定秘密保護法以降の報道姿勢は。まるで、政府の公報機関に堕してしまているではないですか。」
「実は、昨年以来、購読停止が何件もあるんです。」
「私は、多くの社員は信用しているんです。政治的圧力に屈している経営陣が許せないのです。朝日新聞は戦後、戦前に戦争協力する一方的な情報に基づく報道を行い、国民を間違った道に導いてしまったことを痛切に反省し再出発を誓った、そうではありませんか。それがなんですか、今は。『公平』と言う都合の好い言葉に尻込みして、圧力を受けたまま、当らず触らずの報道ばかりしているではないですか。」
「・・・」
「その事への抗議として、一読者の意思表示として、朝日新聞の購読を止めます。」
「分かりました。同じように言われる人は多いのです。しっかりと、報告しておきます。」
このようなやりとりがあった。彼の対応には、誠実さが感じられたので、少しほっとした。もし、新聞取次ぎ店の人々までが妙な対応をしたとなれば、政府の言論に対する圧力が会社を通じてそこまで及んでいることになるからである。

 それにしても公平や中立を求めるのが、政府側の人間であるとは。それらを求めるのは弱者であろうに。
 そう言えば、現違憲状態首相の大叔父も、辞任に当って報道陣を退け、話題になった。

  ALL ANIMALS ARE EAQUAL
 BUT SOME ANIMALS ARE MORE
  EAQUAL THAN THE OTHERS

 George Orwellが”Animal Farm”で書いたように、権力者は言葉の意味を自分の都合に合わせて変更させる。

 Speech is gold, however, silence is lead.20151216DSCN2999.JPG
 
 この絵は、昨年来の日本の政治、政治家達の発言などを一つの型に入れて描いたものである。愛想笑いする男の黒子なのか、はたまた監視カメラのようなものなのか、解釈は自由である。
 杞憂であることをどれだけ望んでいることだろう。しかし、物事は彼らが計画した方向に、現段階では近付いている。8年も前に、斎藤貴男氏は『報道されない重大事』(ちくま文庫)のはしがきで、「前年の十月に発表された自民党の新憲法草案は、国の交戦権を否定した九条二項の全面的な書き換えや、国家権力の暴走を抑えるための憲法という近代立憲主義の原理原則を覆して国民の生き方規範にするとても言いたげな強権的法体系へのコペルニクス的転回が図られていることに照らして、あまりに危険な情勢であると強調せざるを得ない。」と述べている。
 沈黙は決して金ではない。訥弁でもよい、自由、博愛、平等、正義を求めて発信してゆけば、それが金である。そのように強く感じている。




YouTube "Islamey or an Oriental Fantasy" [youtube]

DSCN2993.JPG 今日は、大分前に計画していたが、なかなか終えることの出来なかった
Balakirevの”Islamey”のオーケストレーション。原曲のピアノ版についてはにょしにいさんのhttp://nyoshi-ni.blog.so-net.ne.jp/2009-04-12でお楽しみ頂けます。
 打ち込みをしていてXG-Works STでは、42小節以降が入力の出来ないことが分かり、中断することにする。そして、一旦、YouTube作品として仕上げてしまうことにした。が、今度は、どのような挿絵を描けばよいか迷い始める。私がこの音楽から連想したのは、中央アジアの広い草原、イスラム教の民族、夕日など。何よりもレールモントフの『現代の英雄』の中の
ベーラと言う少数民族の少女。ペチョーリンへの愛ゆえに改宗したにも拘らず、無聊のために目的を失っている男に捨てられる。
 今回はペルシアのミニアチュールを参考にしながら、サラセン風の絵を描くことにした。文字もアラビア風に、右から書いてみた。

https://www.youtube.com/watch?v=ruFItjuRwO8&feature=youtu.be 

 


YouTube『白猫、自身を語る』 [youtube]

DSCN2992.JPG

 道具は使いこなすためにある、使いこなすことで初めて本領を発揮する、本来の目的を達成する、にも拘わらず、使いこなすための練習時間、研究時間を勝手に惜しんで道具を活用しない、利用しない。結局のところ、中途半端に使用している、利用していることで時間が大いに無駄に費やされることになる。そんなことにすっかりうんざりしていた。
 道具をもう少し上手に使いこなそうと決めたのは、何とつい最近。実に情けない話である。楽器の演奏も絵を描くことも、全く同じことが言える、それが全く以って辛いところである、今更ながら。死ぬまで気付かぬよりは随分ましである、と宣言したくなるのは生来の楽観主義者、能天気男の真骨頂、真面目。
 今回は練習として、少しバロック風の曲を書いてみることにした。cembaloの音、choir AahsとVoice Oohsを使用。画像は2015年8月22日に描いた『白猫、自身を語る』の挿絵の再利用。先に計画していた3つの作品よりも前に、とりあえずYouTubeに公開。これらの3つの作品は、もう少々時間が掛かる見込みであるが、なるたけ早く完成させたい。 

 https://www.youtube.com/watch?v=1E6IOxSnM2s&feature=youtu.be

fmg(自分用メモ):control+v=コピー


メッセージを送る