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劇団木馬座 『ピノッキオ』より「操り人形たちの踊りの音楽」 [劇団木馬座の思い出]

SSCN2916.JPG劇団木馬座の音楽を公開。この曲は『ピノッキオ』の一場面。火喰い親方が行っている人形芝居の操り人形たちと
ピノッキオが一緒に踊る曲。

ある日、制作室にあったロッカーの中を見ていると、一本の「ピノッキオ」と書かれたカセットテープがあった。聴いてみると、録音してあったのは、作曲者の小森昭宏氏が演奏していたのかもしれないが、操り人形達の踊りの曲で、ピアノ独奏版である。ピアノだけでも充分に楽しくなってくる曲だった。
YouTubeのurlは以下の通り。
https://www.youtube.com/watch?v=TmPBEOXjwMk&feature=youtu.be

左の写真は、木馬座のパンフレットに載っているピノッキの舞台写真。ロバになったピノッキオ。白い煙はフォグメーカーによって後ろから噴きつけられているものと思われる。右側にいるのは、ピノッキオが売られてゆく曲馬団の団長と道化師。
尚、団長が履いている長靴は、神田屋靴店から借りたもの(貸衣装ならぬ、貸し靴)と聞いている。私たちが入ってからは、経費の削減もあったが、靴も借りないようにして、革をゴム長靴に貼ったり、拍車を取り付けたりして作った。
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2015-09-19 『暴走する乳母車』 [絵画]

SSCN2885.JPG 『2015-09-19暴走する乳母車』この絵には結局2015-09-19と言う日付が必要になってしまった。今年の5月にこのB2判の絵を描き始めた時には、不安だけだったものが、日が経つにつれてより現実的なものになってきている。
 情報は一方的に流されれば、それが事実であると誤認されたままになる。健康に害のあるものも、そうでないと主張する権威者を金銭で抱き込めば、その主張をマスメディアで連日喧伝することによって、SSCN2887.JPG仮令身体に毒であったとしてSSCN2883.JPGも、積極的に勉強しない人々は、それを無害なものとして使い続けるだろう。そして後年、結果的に病人が続出し、被害が顕在化して、虚偽の主張が抑えきれなくなった時、その毒の生産者と権威者は新たな事実SSCN2886.JPGが出てきたことによって学説が変わったと説明し、発売時にはその事実は検証しようがなかったのだと言って、自分の過ちを認めない。そういう事例もあるだろうが、害を過小評価させることによって被害が大きくなることは多い。
 反省しない大人が増えると、子供は反省と言う概念が理解できなくなる。嘘ばかりつく大人が増えると、嘘をつくのが世の中の慣例なのだと子供は考える。これは絶対に守ろうと皆で決めて約束を、自分の都合によって破る大人がでてくると、絶対に守らなければならない約束など存在しない、そんなものはいつでもでまかせで作り出すことができるものだと、子供達は考えるだろう。大人たちが、武器を作ったり提供したりすることは、武器なしに復興活動することより積極的な貢献なのだと主張すれば、子供達はもっと沢山の武器を輸出すべきだと考えるだろう。「敵」を沢山殺すことが出来るし、土台とても儲かるから。敵と呼んでいる人々がどのように暮らし、考え、教育をうけたかを考えもせずに。誰が、いつ、何故、敵と呼び始めたのかも考えずに。
 今回の絵には、ある人物のポスターが長期間にわたって家の壁や金網の柵などに単独であるいは連張りされているのを見かけ、選挙期間でもないのに、何の意味があるのだろうと訝しく思ったその印象がそのまま入っている。私は昔からこういうポスターが苦手である。右であろうが左であろうが、洗脳的な、強制的に残像を残そうとする手法が嫌いである。
 このポスターの悪夢と、子供を利用して、子供を前面に押し出してくる人間のあつかましさをこの絵の中に込めたかった。何の罪もない動物達は、その勢いに押され、逃げ惑う。
 今日は仕上げとして、鞭を振る赤ん坊たちの顔に髭を描いた。勿論、これはポスターの男の顔と連動している。
 あぁ、それでも希望の光はある。この絵の中にはないが、現実の社会では、希望の光が見えてきた、と思う。無言でいるかに見えた若者たち、家事に、子育てに、子供の教育に忙しく世の中に疑問を持たなかった、或いは持っていても発言しなかった人々が、ゆっくりと余生を過ごすものと考えられていた人々が、声を上げ始めたからである。
 人間が人間らしく生きてゆくためには、社会は平和でなければならない。そして、平和である為には、相互理解とお互いの譲歩が不可欠である。自分たちの利益のみを守ろうとすることがそもそもの争いの原因である。混んでいる道も、譲り合ったほうが流れが滑らかになる。何よりも譲り合うことで、心が温かくなる。
 つねに正しい情報が必要である。事実を独占秘匿することは許されない。

 鼓腹撃壌。これが私の一つの理想郷である。
 
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SEALDs奥田愛基さんの名演説2015-09-15 [日記・雑感]

SSCN2874.JPGSEALDs奥田愛基さんの名陳述(名演説)。
これだけしっかりと冷静に自分の意見を纏めて、分かりやすく発表できる政治家の先生方がどれだけいるのだろうか。

https://www.youtube.com/watch?t=1009&v=5dsMhkj6eHk

彼のこの陳述は、将来芝居の台詞として引用されるだろうと思います。
一人でも多くの人に聞いて欲しい陳述であるため、例外的にこちらのブログで紹介します。


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制作中-『百鬼夜行』 [絵画]

 このところ幾つかの計画を立てながら、それらしき成果もなかったために、記事の更新も滞っていた。
SSCN2873.JPG 今日は、一週間前に鉛筆で下書きをし描き始めた『百鬼夜行』の絵。これはB5判で一度描いたことがあるが、こちらは画面が小さく、手を加えるのが難しく完成度が低いため、もっと大きな画用紙で細部まで描きあげた作品を制作することにした。大きさはB2判。今後は私の制作の標準は、この大きさになる可も知れない。小さな手帳などにも描いてはいるが、自分は細密画は苦手だと思う。
 この絵を描くために以前は途中で放置してしまった『日本妖怪変化史』江馬務著(中公文庫)を読む。日本にはいろいろな妖怪や変化がいる。妖怪と変化の違いも初めて知り、鬼に対する解釈も時代を追って変化していることも知る。変化にもいくつもの種類があり、人間が他のものに変化する場合、動物、植物、器物が人間や他のものに変化する場合もある。
 変化するという能力に人間は恐れと憧れを持っていたのだろうと思う。その気持ち妖怪や変化を生み出すのではないだろうか。そして、この恐れや憧れは人間らしくあるためには必要な感覚だ。何でも科学で論理的に判断してしまう、そのこと自体が傲慢で尊大であり、科学的な姿勢ではない、そんな風に感じる。圧倒的なものの前には謙虚であるべきだ。人類が分かったと思っているのは、僅か一部でしかない。だからすべてのものには、自分は充分に理解できていない計り知れない能力が隠されているのだろう、と考える人間でいたい。実際、すべての分野で他者に秀でることは不可能である。そんな人間はお目にかかったことも聞いたこともない。
SSCN2876.JPG ところで、今回の絵に登場する変化、妖怪たちは時代を超えている。ろくろ首などは比較的最近の江戸時代に登場してきたようだが、それ以上に新しいのは私が勝手に描き足したある著名な化学者の首である。ネクタイには名前が書いてあるが、知る人と知る、悪名高き企業の研究者だった人物である。悪魔、凶暴、無慈悲、人非人などと言う言葉があるが、その言葉を生み出している人間には悪魔以上に悪い者、野生の動物など比較にならないほど凶暴で無慈悲な者もいる。勿論、拝みたくなるほど素晴らしい立派な人々もいるが。
 色が塗りかけのため、濃さがまばらで、牛車の装飾なども描き込んでいない。もう少し時間が掛かりそうだが、なるべく早く完成させたい。

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