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挿絵『白猫、自身を語る』yuyaさんの物語より [絵画]

 今日は、前回の記事のコメントでKannaさんよりリクエスト頂いたので、気をよくして早速挿絵を描いてみました。これはKannaさんのお友達のyuyaさんが書いた短い物語の一場面のために描きました。と言っても、最初に描かれたKannaさんの選んだ場面を私も選びました。そうした方が、個性の違いがでて面白いだろうと考えたからです。yuyaさんの確認を取っていませんので、彼のページurlはここではご紹介いたしませんが、検索されれば御覧になれると思います。
白猫、自身を語る20150822.JPG 絵ですが、浮浪者の家の中です。草木に隠れた廃墟のプレハブなのですが、家の中は物語では絨毯が敷かれていたり、柄付きの皿が飾ってあったりして、結構お洒落な感じで描写されています。色鉛筆を持って黒猫の妹の絵を描いてくれたりした浮浪者ですから、それなりの詩人だったのではないかと思います。彼は、不良少年達にその存在を否定されて殺されてしまったのでした。この絵では、残念ながらお皿を描くと雑然としてしまうので、端折りました。でも、実は私は、お皿を置いたりして飾るのは好きです。場所がないので、我が家では飾っていませんが。絵本『森の洋服屋』の挿絵に、綺麗な皿が飾ってあったのが小学生の時強く印象に残っていて、自分でもいつかはあんな風に飾ってみたいものだと思っていました。
 
 Kanna様:随分と雰囲気の異なった絵になりました。顔がこちらを向いていたほうがよいかとも思いましたが、小鳥のチッチちゃんを描こうとすると、やはりKannaさんが描いたように猫ちゃんたちは後ろから、チッチちゃんは前からという構図になりました。同じ題材を描いて見比べるというのも、案外面白い試みかもしれませんね。

Matteo Carcassi - Etude Op.60-15 2nd version [youtube]

  縦笛で吹いてみて、少し吹きづらいと思っていたこの練習曲への旋律に手を加える。旋律の頭が休符から始まるためである。まず、最初の1小節を導入として繰り返した。次に10%ほど速度を遅めにした。特に大きな変更はバイオリンの対旋律を書いたこと。途中の旋律も書き換えた。そして、後半に向かってクレッシェンドを強調したことも印象が異なっていると思う。
※変更が分かるように楽譜を表示した。

20150816 01DSCN2833.JPGhttps://www.youtube.com/watch?v=lg5kVEMIRgw&feature=youtu.be

ちなみに第一版はこちら。

https://www.youtube.com/watch?v=PPMfSwiLKAw


Another Ave Maria [youtube]

 既に一度公開している"Another Ave Maria"を再度公開。今回は、前回愉快な女房殿にバッハの平均律クラビーア前奏曲第一番ハ長調がオーボエの旋律が強すぎてよく聞えないという指摘をしてくれたので、その助言に従い音量を調整した。また、より歌いやすいように旋律線を変更した。更に、対旋律も追加してみた。調もハ長調からト長調移調し、歌いやすくした。もっとも、グノーのアベマリアから取った歌詞は、あまりうまく合っていない。それでも無理すれば詩に合わせて歌えると思う。
20150813 01DSCN2823.JPG 絵については、先週水曜日8月5日に下書きを始め、今日金色絵具も使って完成した『兎の上を犬が走るが、犬の上を兎も走る、逆も真なり』の絵を背景に使用した。YouTubeの映像では、天地をひっくり返した画像も使用している。

https://www.youtube.com/watch?v=CvG0KG3VzIM&feature=youtu.be

 それにしても、今日は一度Vienna instruments SEの音源がXG Works STに反応しなくなって大慌て。一時間ほど、悪戦苦闘。暫くして再起動してみると、音が復活。やれやれ。このように文明の利器は時々不機嫌になって、原始的方法の力強さ、本質を思い出させてくれる。

 ちなみに、Matteo CarcassiのEtude Op.60-15の方も、もう少し歌いやすい旋律に変更する可能性がある。何度が実際に演奏してみて、歌い辛いと感じるからである。音楽はやはり、旋律として書いている以上歌えなければならない、勿論ものによるのだが。


劇団木馬座『はくちょうの湖』より「姫達の踊り」Youtube [劇団木馬座の思い出]

20150811 01DSCN2818.JPG今日は、引き続き劇団木馬座『はくちょうの湖』より、姫たちの踊り。歌詞は正確に思い出せないが以下のような感じ。

野ばらよ野ばら
〇〇に清く
娘達よ
早く見に行こう
今は春
私たちの国は美しい

苺よ苺
緑野に赤く
娘達よ
早く摘みに行こう
今は春
私たちの国は美しい
※一部間違っていることを承知の上掲載。
 先日公開した『はくちょうの湖』主題歌の編曲の出来がよくなかったので、こちらの歌に取り組んだ。明るくて楽しい曲なので好きな曲だった。楽器の編成もどのようなものを使っていたのか思い出せないので、自分の中に残っている印象で編曲した。いつも通り、楽器を足したり、結尾部を追加したりしている。民族音楽風に響くように、バイオリンの独奏やリコーダーで旋律を歌わせた。また、コーダの部分ではチェロの低音を執拗に響かせた。音源としては生に近いVienna Instruments SEでViolin, Celloと、シンセサイザー音のYAMAHA MU2000でマリンバ、リコーダー、アコーディオン、ウッドブロックを使用している。Viennaのバイオリンはstaccato音にすると音量が大きめになるので、調整が難しい。そのため一旦録音した物を再生し、音の強弱配分が期待どおりになっていないところを調整した。結局4回以上。
 踊っている姫たちの絵は、モデルなしで描いたので、特に衣装にはその知識のなさが露呈している。実際の衣裳はラメもはいっていてもう少し豪華だったと思う。

 尚、Youtubeの作品としては、画像に文字が欲しかったので、英語の歌詞を一番だけ書く。

https://www.youtube.com/watch?v=6_v-xhLGfeI&feature=youtu.be

 


劇団木馬座『はくちょうの湖』主題歌 [劇団木馬座の思い出]

  今日は、昨晩に編曲を始めた『はくちょうの湖』の編曲を終え、Youtube用に加工する。木馬座の『はくちょうの湖』は新作に最初から従事することになったので、私にとって、多くの思い出が残っている芝居である。と言いつつも、入ったばかりの新米で制作部では最年少なので、誰もまともに取り合ってくれない。口惜しい思いも沢山した。
 それでもやはり、今思い出せば、微笑ましく楽しいことばかりである。
 青春時代にやっていたことがその人の人生を方向付け、形作る、と言っていたのは木馬座社長の長嶋武彦氏であるが、実に正しい、少なくとも私にとっては、考えだと思う。十代から二十代にかけて自分がやっていたことが、今の自分の方向を決めている。
 今回の編曲は、楽譜もなく歌詞もない(台本がない)ので、すべていい加減な記憶に頼っている。以前に公開した『ねむり姫』の姫の踊りの音楽と同じだ。いずれにしてもパート譜があるわけではないので、和声も対旋律も自分で書かなければならない。それもいい編曲練習になると思っている。
 木馬座版『はくちょうの湖』に出てくるオデット姫の妹達がオデットと踊る音楽も可愛い曲なので、その内に気が向いたら編曲をするかもしれない。SSCN0108.JPG

https://www.youtube.com/watch?v=AA1-57K4l8I&feature=youtu.be

 


『水飲みの虎の図』制作途中 [絵画]

20150807 no.1 DSCN2808.JPG 先日制作途中で公開していた『水飲みの虎の図』であるが、昨日から職場の夏休みも始まったので、今回の休暇中に是非とも完成させたいと思っている。
 今日、椅子の上に置いてあったこの絵を暫く眺めていたら、いくつかひらめいたので早速実行に移す。虎の髭のあたりを白くすること、足の指先を白にする、尻尾の一部も同様。そして、竹の色を青緑にすること、節の間を長くし、竹をもっと大きく見せること。何よりも、川の流れを変え、画面の色の配分を変更すること。そして、日本が風の絵にはどうしても使いたかった金色の絵具を岩に塗ること。これだけのことをとりあえず、できるだけやってみる。それが済んでも、まだ不足しているので、もう少し、変更をする予定である。
 ところで、白い色が岸辺や虎の両脇に塗られているが、これは白墨である。大きな絵を描く時に、チョークは結構便利である。全体を掴むのに適している上、後で消すこともできるからだ。くまのプーさんが兎の穴から脱出する場面の絵も下書きはチョークだった。チョークは色が付いていない分だけいろんな可能性を含んでいて、それがどうなるか想像するのも一つの楽しみである。
 前回の途中の物と比べてみると、大分雰囲気が異なる。自分でもどのように仕上がってゆくか分からないところが面白くも2015071104SSCN2794.JPGあり、苦労するところでもある。眺めていてこうしよう、ああしようと思いつけばよいのだが、何かが物足りない、そう感じるだけで前進できないこともしばしばあるからである。実際に、おととしの夏に描き始めた一つの作品『希望』(仮題)は、今年やっと色塗りが少し終わっただけである。また、先日描き始めた『暴走する乳母車』も手を付けられずにいる。が、思い切って筆を使うのも一案である。何しろ、夏休みで、それなりの纏まった時間が取れるわけだから。
 といいつつ、今回の『水飲之虎之図』は、母子二頭の虎が水を飲むところを描き始めて、自分の描こうとしているものと違うと感じ始めて、数年放置してしまったのだったが、同様の事例はいくつもある。物語『ルトリア8国物語』も後で書こうということにして、数十年放置してある。長詩『野獣姫』も構想(12の倍数で連や行や章を作ってゆく)してからすでに数十年、N氏に計画を話して中断してから20年位経っている。完成することの大切さを改めて痛感する。計画が立派なのは自由だが、そんなものは夏休みの宿題で充分証明済みなので、計画は達成されることで、或いは失敗することによって初めて意味を持つのである。計画を実行に移し成功したり失敗したりすることで前進してゆくことができるのだ。(これだけ書いておけば、背水の陣、逃げ場がなくなるのでよいだろう。自分の弱さに喝!)

『第一詩集』の『森を歩いた一日』のための挿絵 [絵画]

 以前から計画していて、なかなか捗らなかった挿絵。私は詩画集を計画していたのだったが、肝心の絵を描くことができなかった。が、今回はあまり考えずに描けるような気がしている。『第一詩集』の最初の作品が『森を歩いた一日』である。高校三年の頃の不安定な精神状態を、大学一年になった時に書き始め、最終的には大学四年頃に完成したのではないかと思う。
 今日、描き終えたのはこの少し長い詩の最後の部分である。
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「(私は一体誰と森を彷徨っていたのでしょう。
それともキリコの静寂と虚無の中での夢想にすぎなかったのでしょうか。)

20150801DSCN2807.JPG「あれ以来、彼女はもう二度と私のところへな来ることは・・・
もうないでしょう。
町で聞いた噂によれば、誰かステキな伊達男と結婚したのだそうです。
なるほど、それもうなづけます。」
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 キリコの絵『街の神秘と憂鬱』は国語の教科書のある章の最初のページにモノクロで載っていた。絵と言うのは色がついていようがいまいが、一定の衝撃波を持っているもので、私にとってキリコのこの絵は残像としていつまでも残っていた、或いは時々ふっと甦ってきた。勿論絵画と言うのは色が非常に大切な要素であるが、形、構図、描かれている物自体も同様である。どれほど詳細に、細部まで正確に描かれていても面白くない絵もあれば、詳細に描かれているが故に面白い絵もある。
 今回は、挿絵のための絵はこのキリコ風の風景と最初の一枚以外はすべてモノクロで描いている。鉛筆の下書きの後は、黒一色の濃淡と線で完成させる。
 詩のための挿絵といえば既に『審判』と言う長詩のための絵は数年前に7枚描いている。
 これらの作品は、自費出版することも考えている。現在自費出版で作業が進行中の1冊が完成したら、取り掛かるかもしれない。

 


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