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詩と思想 4月号-現代詩の新鋭 [日記・雑感]

20180407DSCN3822.JPG 今日は、少々遅くなったけれども『詩と思想 4』特集 現代詩の新鋭について。
 既に書いたことがあるが、従妹は詩を書いている。いくつかの賞を受賞しているのだが、彼女が今回新鋭の一人として紹介されることになった。そして、昨年11月頃だったと思うが、彼女から彼女の作品についての解説を書いて欲しい、と依頼されることになった。果たして、自分でよいのかと改めて尋ねたら、彼女としては私のような人間がよいらしいことが分かった。そういう新しい試みも含めての新鋭なのかなとも、推測している。
 私は、彼女の母親がとても印象的な人なので、その思い出を重ねながら、さっさと解説文を書き終えて、彼女に感想を求めた。その文章は彼女というの人の背景を紹介するようにしたのだが、それは方向性が違うので不要な情報なのだと言われた。むしろ『詩と思想』と言う詩の雑誌なので、詩的であった方がよく、彼女の詩作品についての解説が好いと言うことなのだった。そこで、今更ながら、彼女が書いてきた詩をデータで送ってもらった。それを製本したのが1月の記事である。 ”本の装釘をしてみる
 
(2018年4月号のpp34、35に彼女と私の文章がそれぞれ掲載されている。)


 彼女の書いた作品については、私の解釈が間違っていること(例えば、詩の中で描かれている父母と言うのは、実際の父母のことではない、などなど)も何回かあった。芸術作品は、書いた本人以外には誰にも分からないことが多いのではないかと考えている。そも、同じような体験、発想法、感性をもっていなければ、なかなか正確に読み解くことは難しい。それを読み解くことができるのは相当に感性が鋭い人ではないかと思う。
 私自身も、自分の書いた詩を、誰がどのように読み取ろうと自由だと考えている。そして、共感してくれる人が、似たような人種であり、自分の理解者になりうる共通の基盤を持っている可能性があるのだろうと思う。だから、自分が書いた世界を読み取られる方が、むしろ無気味である。画像を反転し、拡大したり縮小したり、色を変えたり、セピア色にしたり、モノクロームにしたり・・・などとできるだけ原形をとどめないように変装、仮装しているのに見破られたら、それは悔しくもあり、驚きも禁じえないだろうと思う。

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コメント 6

mimimomo

おはようございます^^
>芸術作品は、書いた本人以外には誰にも分からないことが多いのではないかと考えている。<や
>誰がどのように読み取ろうと自由だと考えている<などはわたくしも思います^^
詩はあまり読む方じゃないですが、絵画だって小説だってそうだと思うし、その人その人、感じ方って違いますよね?^^
by mimimomo (2018-04-08 06:40) 

ぜふ

芸術・美術作品は鑑賞者がいてはじめて成り立つといいますよね。
また鑑賞者の受け止め方も作品の内とも。
仮装を見破られたくはないですが、ヒントを散りばめることはある・・
それは、本当は見破られたいからかもしれません。
by ぜふ (2018-04-08 22:18) 

Kanna

従妹さん、雑誌への掲載おめでとうございます(*^^*)
そして自分の作品の仮装を見破られたくないというお気持ち、何となく分かります^^
私の場合は作品に込めた思いを暴かれるのが何だかとても気恥ずかしいので、出来るだけ作品への解説は避けるようにしています^^;
逆に、見たままに描く風景画や静物画などは深い意味がないので気楽ですね(*^^*)
by Kanna (2018-04-10 20:08) 

Enrique

一般生活のコミュニケーションでも,ちょっと違った様に取られても支障がなかったり却って良い誤解の場合は放っておくことがあります。
少しの言葉でも言いたいことを一瞬で捉える人もいれば,いくら言葉を弄しても通じない人もいます。増してや芸術作品の場合,全く異なって捕らえられていることもあるのだろうと思います。美しい誤解もまた良いのだろうと思います。そういう触媒作用もまた芸術作品の価値なのかなどと考えています。
by Enrique (2018-04-11 07:03) 

アヨアン・イゴカー

はじトラ様、鉄腕原子様、@ミック様、トックリヤシ様、めもてる様、schnitzer様、Mitch様、ChinchikoPapa様、かずのこ様、ビタースイート様、mimimomo様、majyo様、carotte様、えれあ様、kazg様、ぜふ様、Enrique様、soramoyou様、doudesyo様、くらま様、ぼんぼちぼちぼち様、kiyokiyo様、せとっこ様、森田恵子様、ありさ様、ネオ・アッキー様、lamer様
皆様nice有難うございます。
by アヨアン・イゴカー (2018-04-15 16:12) 

アヨアン・イゴカー

mimimomo様
芸術作品に限らず、歴史でも、政治でも、科学でもなんでも捉える人によって異なると思います。科学の場合にも、事実・正解は一つかもしれませんが、そこに至る道は無数にあると思います。それが研究社ごとの個性になるのではないかと思います。

ぜふ様
人間社会が作り出すものは消費者・必要とする人・鑑賞する人など、対象者がいて初めて経済価値が出るものでしょうが、経済価値が存在価値ではないとも思っています。少数によってしか支持されないものは、無数にあります。
>>>>>>>
仮装を見破られたくはないですが、ヒントを散りばめることはある・・
それは、本当は見破られたいから

ご明察です。実は、見破る人の存在を求めているのだと思っています。

Kanna様
Kannaさんのお知り合いのS.かなえさんに、愚かにも一度制作意図を尋ねたことがありますが、そういうものは特にないと仰っていました。それがとても彼女らしく、彼女の個性になっていると感じています。Kannaさんは思いがあれこれあるのではないかとは思いますが、やはりご本人はあまり解説はしない方がよいかもしれません。
作品が一人歩きしてしまうこともあるのではないかと、思います。

Enrique様
注意を喚起するために嫌味の積りで言ったのに、相手が褒められたと解釈している場合には、私も放っておきます^^

>美しい誤解もまた良いのだろうと思います。そういう触媒作用もまた芸術作品の価値なのかなどと考えています。

ダリの絵の中に、ヒエロニムス・ボッシュ『快楽の園』の絵の中にある、一つの抽象的な形がそのまま取り入れられて、それが更に新たな抽象的な顔に変化していると言うことを知りましたが、ボッシュの絵を見た時、ダリはその中に、その形に何かを見出したのかもしれません。それは、古い家の天井板にある節穴や木目を見て、何か意味ある形を発見しようとしているう子供と同じです。
誤解というのは往々にして、発見のきっかけでもあると思います。

by アヨアン・イゴカー (2018-04-15 16:33) 

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