一方、OK氏とHT氏は東京に留まり、冬公演に入る準備をすることになった。二人は、私たちの旅公演中に、川崎市多摩区生田にあった倉庫の整理をしておくことを保証した。この倉庫には大道具、小道具、衣裳、仮面が保管されていた。作品ごとに一応分かれていたが、なにしろ乱雑に積み重ねてあって、どう考えても整理が必要であったからである。つまり、それまでの制作部の人々は、この倉庫整理整頓の必要性を感じるほど、頭の中が整理されていなかったと思われた。でなければ、もっと整然と、作品ごとに区分けされていた筈である。OK氏は整理整頓が得意であった。物事の処理については、まず先を見通して、計画を立てて逆算して実行できる人間だったのである。
出発の準備の中で強く印象に残っているのは、旅の予定の作成と切符購入時に見せたOK氏の手際よさだった。一人旅など生まれてこの方一度もしたことのない私は、いかにも手慣れた捌きで時刻表をめくり、料金を計算し、乗り継ぎの時刻を書き取ってゆくOK氏が神々しくも頼もしくも見えたものだ。制作室長のH氏もOK氏のこんな才能を評価し、重宝がっていたと思う。

北海道がこの旅公演の初日だったので、私たちは羽田から飛行機で乗り込むことになった。舞台転換の手伝いをすると言うので、黒い服がいると言うことだった。荷物のかさばるのが嫌だった私は、黒い徳利セーター、黒い綿ズボンとを着込んで出掛けた。肩掛け鞄も黒だったので、通勤電車に乗り込んで羽田まで行った私は、黒ずくめゆえ、目立ってしまったような気がした。
飛行機の搭乗券は何と二十歳を超えていたにも拘らず、私たちの多くはスカイメイトと言う割引を利用した。当時私はまだぎりぎり二十二歳だったので、別段心配はしなかった。この時私は生まれて初めて飛行機に乗った。一緒に隣に乗ったのは、音響のSH氏だが、彼は大きなオープンテープレコーダーを二台も積み込んだ。人間そのものよりも、そちらの方が飛行機にとって負担になるのではないかと思う。
離陸時に飛行機が加速すると、背中に圧力が加わり、機体の振動が自分のものであるかのような一体感を感じ、自分が滑走路を走っているような爽快さを味わった。そして、ややあって、軽い衝撃の後、大地を蹴って飛行機は空へ舞い上がった。これがそれまで全てを親に依存していた私の、第二の人生の始まりだった。
小一時間で千歳空港に着いた。流石にジェット機は速いものだと感心する。文明国の中に生活していても、文明の利器の恩恵に浴しない人々は、いつでも新鮮な気持ちで便利さ、人類の叡智に感動することができるのだ。電車だってたまに使えば、きっと酷く便利に感じることだろう。電気洗濯機だって、電気炊飯器だってそうだ。母から聞いた千九百三十年代の田舎の小学生の話だって、いつでも自分の話になりうるのだ。信州での話であるが、遠足で生まれて初めて電車に乗った子供たちが何人もいた。彼らは車窓から景色を見ていた。どんどん後退してゆくように見える電柱を見て「電信柱が飛んでっちまう!電信柱が飛んでっちまう!」と大騒ぎしたと言う。母が冷静に彼らを見ていられたのは、父親が鉄道技師で、鉄道を敷設していて、既に乗車経験があったからだろうと思う。知らないもの、未経験のものは驚きを与えてくれるものだ。私も子供の頃、今はなき川崎市の向ヶ丘遊園にある「びっくりハウス」に乗せてもらって、腰を抜かさんばかりに驚き、床を這いつくばって、くるくる回る壁に掛けられた絵を眺めていた思い出がある。そんな姉と私を愉快そうに見ながら兄が冷静に言った。「動いているのはこの絵と、坐っているこの椅子だけだ!この椅子はブランコみたいになっているんだ。」彼は一度乗ったことがあり、多少知っていたのである。賢さは、実のところ、全て経験なのかもしれない。経験があると賢明に見えるのである。
千歳空港から札幌まではバスを使った。そのまま旅館へ向かったのか、それとも北海道厚生年金ホールへ向かったのか思い出せない。
何事も初めてのものは新鮮味と驚きがありますね。
私も初めてのフライトでは不安で手を握っていたので手のひらに汗をかいてました。
by 旅爺さん (2008-11-02 15:51)
びっくりハウス!
私は大好きなんですよね。もう一回入りたい(乗りたいと言うべき?)。
もう何十年も乗ってないけど、こないだもちょっと思い出してました。^^
by すうちい (2008-11-02 23:25)
おはようございます。
文明の利器はとても助かります。いろいろな視点があるとは思いますが、素直に便利だなあと思っています。このインターネットもそうです。アヨアン・イゴカーさんの話が聞けるのも助かります。昔だったら無理ですものね。
by doudesyo (2008-11-03 07:41)
このお話し一連全てですが、
良くいろいろ覚えていらっしゃいますね。
素晴らしいと思います。
自分かなんか昨日のこともさっさと忘れてしまうのに(汗)
>これがそれまで全てを親に依存していた私の、
>第二の人生の始まりだった。
アヨアン・イゴカーさんにとって深く心に残る一日
だったんだですね。
by 僕もくま私もくま (2008-11-03 08:29)
廃屋にはどんな事情があるのか分りませんが、まだまだあるんです、
その殆どは立替で、古い家はそのままなのですね。
by 旅爺さん (2008-11-03 09:33)
こんにちは^^
人生は出会いと経験・・・とわたくしはよく子供たちに《自分のね^^》言って聞かせていました。それが人間を大きくすると・・・
もっともそれを自分のものにしないでは意味がないですが・・・
by mimimomo (2008-11-03 10:53)
takemovies様、Krause様、アリスとテレス様、夢空様、青い鳥様、orange-beco様、GUSUKO-BUDORI様、yamagatn様、お茶屋様、kakasisann様 nice有難うございます。
旅爺さん様
最近のように刺激が多くなりますと、段々過激なものが求められるようになります。つい70年ほど前まで、電車や機関車は随分文明的なものの象徴だったようですね。
廃屋は建て替えですか?もったいない。
すうちい様
びっくりハウス、ご存知の方がいて嬉しいです。私にとってあの素朴な驚きは、貴重な思い出です。
doudesyo様
同感です。私もブログは、別段このような情報を得ることを目的に始めたのではないのですが、実際には、ブログを書かれている方々から、多くの情報を頂戴し、知らなかったことを知るようになっています。
すうちい先生も別のコメントで書いていますが、ブログは一つの文化になっていますし、将来的にはブログの歴史や展望などが学者によって真面目に研究されると確信しています。
僕もくま私もくま様
北海道への旅立ちの日は、確かに印象的でした。小学校一年生の二学期までしかいなかった北海道に、16年ぶりで渡ったのが、旅公演だったのです。そして、親のすねかじりを止めて、第2の人生が始まったと感じたのです。
mimimomo様
人生は、仰るとおり、出会いですね。兼好法師が書いているように、先達はあらまほしきことなり、で、出会いは大きく人生を左右します。人生に於ける先達にであえるかどうか。そう思いつつ、自分自身で切り拓いてゆかねば、他人の人生になってしまう、とも思います。結局は、自分自身で選ぶべくして、選んでゆくものなのだと思います。
by アヨアン・イゴカー (2008-11-03 21:14)
私は初めてのものはおっかなびっくり・・・です。
でも新しいことに出会うと感動はありますね。
相方は新しもの好きです。好奇心がいっぱい !
おかげで私も時代になんとかついていっています・・・
by yakko (2008-11-03 22:13)
>軽い衝撃の後、大地を蹴って飛行機は空へ舞い上がった。これがそれまで全てを親に依存していた私の、第二の人生の始まりだった。
とてもドラマチックな描写ですね。
やはり二十歳を過ぎてから初めて飛行機に乗った(しかも同じく羽田→千歳)私には、とても共感できる文章でした。
by SAKANAKANE (2008-11-04 01:52)
lapis様 nice有難うございます。
yakko様
そうですか。相方は新し物がお好き!ですか。
ちなみに、私の妻は、夫婦漫才やろうと時々私に持ちかけます。
SAKANAKANE様
この「思い出」を15年前に詩人の友人に見せたところ、同じ箇所で同様の感想を述べていました。共感していただけるのは嬉しいです。
by アヨアン・イゴカー (2008-11-04 08:57)